クールな彼のワケあり子育て事情~新米パパは甘々な愛妻家でした~
「それから叱ります」

「それは嫌いじゃないです」


にや、と横目で私を見て笑む。

あ、そうか。今ここでは、私、ただの私なんだ。彼よりひとつ年下で、たいした経験もしていなくて、子供の先生でも保育士でもない、ただの私。

私がようやくそれを実感したのを察知したかのように、有馬さんの目が笑みを深めた。脇に置いた灰皿の上で煙草を叩く、男の人の指。


「それ…」

「ん?」


私は、彼が靴下を脱いだときから気になっていた、彼の左足を指した。

気づいた有馬さんが、「ああ」と脚を組んで見せてくれる。足首にミサンガが嵌められているのだ。


「姉が、こういうの得意で。昔から作ってくれてたんですよね」


煙草を口にくわえ、緑と白のミサンガを指でなでる。お姉さんを思い出しているのか、口元は柔らかく微笑んでいる。


「亡くなってからも、作ったのが大量に残ってて。切れたら取り替えて…もう、ただの習慣です。願掛けしてるわけでもないですし」

「すればよかったのに。もうこれ、切れそうですよ」

「ほんとだ。そういえば最近、実現したらいいなって思ってたことがあったんで。汲んでくれたのかな」


へえ!


「叶うといいですね」


有馬さんは答えず、煙草を灰皿でもみ消し、その灰皿を、ベッドの上から近くの椅子の上に移動させた。

それはまるで、なにかの合図のようで、私は少し緊張した。

伸ばされた長い腕が戻ってくる。有馬さんがこちらを見た。

その瞳は微笑んでいて、とてもまっすぐで、彼らしく。


「これから叶います」


ゆっくりと重なってきた唇の熱さも、また彼らしいと感じた。




ずっとキスをしていた。

服を脱がせてもらう間も、シャワーを浴びる間も。

あの日の不意打ちのキスとは、当然ながら全然違う、濃厚で雄弁なキス。

"全部教えてください""今からあなたを抱きます""離したくないです"

そんなメッセージが、これでもかと流れ込んでくる。

身体を拭く間も惜しくて、滴を垂らしたままベッドに戻って、身体中をなでてもらって、私は溶けた。

なにひとつ欠けていない。

今でいいんだろうか、とか、この人でいいんだろうか、とか、私でいいんだろうか、とか。疑問も不安もいっさいない、こんなに満たされた幸せな行為があるのだと、初めて知った。
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