阿倍黎次は目立たない。(12/10更新)
この経験は冗談だと思いたかったが、休み時間の終了2分前を知らせるチャイムが、これは真実だと高らかに告げた。おぼつかない足取りでトイレを出て、教室に戻ろうとすると、教室のドアの近くに誰かがいた。日野だった。

「……あっ、阿倍くん」
「日野? 今日休みじゃないのか?」

呼びかけに応じる気力すら奪われたと感じていたが、意外にも会話は平然とできてしまった。今の衝撃は俺1人のもののようだった。

「ちょっと、来てくれる?」
「でも授業が……」
「いいから」

俺の嗅覚は何かを察知しており、気がつくと踵を返して中庭に立っていた。目立たない俺は授業にいなくても気づかれない。頭をしたたかに打ったにも関わらず、まだ平均神話にすがっていたのかもしれない。

「……阿倍くん、さっき金野くんと喋ってたでしょ」
「聞いてたのか?」
「ええ。耳はいい方なの」
「授業は?」
「さっき朝の仕事が終わって、少しだけ学校に行こうと思ってたの。次の仕事は昼からだから。とは言っても、またすぐに行かないといけないんだけど」

中庭にそびえ立つ時計は、10時半から少し進んでいた。

「そんな話は置いといて……私、金野くんの言ってたことは一理あると思うの。私、はっきり言って常識は欠けてる方だし、CMするにしてもその商品の知的なイメージには合わないってのも時々感じるの。金野くんの会社の商品のCMをする時なんか特にね」

金野の会社はIT関係で、新しいパソコンのOSのCMを日野がやっていることもよくあった。確かに昨日のクイズの出来を考えれば、OSのイメージには一気に結びつかなくなる。だがあくまで見た目は美人なので、それほど問題ではないのだろう。

「だから、そんな私自身が、ちょっと申し訳なく思えてきて」
「申し訳ない?」
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