幸田、内緒だからな!
社長、激しすぎます!
「幸田、埼玉支社まで頼む。Aコースでな」
「承知致しました」

 ロールスロイスファントム、2014年式中古価格3,580万円。
 黒い外観とは対照的に、車内のシートは白のレザー。
 街の中古車ショップの前を通りかかった時、ショーウインドーの向こうに鎮座していたファントムに吸い寄せられるように、我が社の社長、藤堂直紀(とうどうなおき)は店に入ってしまった。

「社長!」

 社長秘書であるわたし、早瀬知花(はやせちか)としては、次のスケジュールが気になる。
 確認の為、慌てて手帳に目を走らせた。
 大丈夫。
 あとは18時からの取引先との会食のみだ。

 しかし!
 中古車ショップに入ったのは15時半。
 それから店を出たのは17時過ぎだった。

 社長、ファントムに一目惚れして、契約を済ませてしまった。
 あーあ、高い衝動買いだこと。

「社長、ちゃんと払えるんでしょうね!」
「大丈夫だろ?」
「ちょっと、他人事のような口ぶりは止めて下さい。資金繰りが上手くいかず、倒産なんて事になったらどうするんですか! 社員が路頭に迷うんですからね」
「わかってるって」

 冗談だった。
 我が社が高級車(中古だけど)1台買ったからって傾く事はない。
 業績は常に業界トップ。 

 我が社は、ホテルと介護施設を融合させたサービスを全国20箇所の支社を拠点に展開させている。
 既存のホテルのワンフロアないしツーフロアを、介護が必要なお年寄りの介護施設に改造し、24時間体制で見守る。
 ホテルのフロントには必ずスタッフがいるので、部屋から連絡があったらすぐに担当職員を呼び出せるシステムだ。
 食堂も一般の宿泊者と同じ所を利用し、パジャマ姿でも利用出来るように衝立で仕切ってある。
 ここに介護施設があるという事を知っている宿泊客も、実際に高齢者の姿を見る事はなかった。


 ファントムが社用車となって5ヵ月。
 運転手募集の面接で採用された幸田正男(こうだまさお)58歳男性が、社長が出掛ける際の運転手として毎回このファントムの左ハンドルを握っている。

 そして、さっき社長が言ったAコース。
 それは通常なら高速道路経由で55分かかる道のりを、わざわざ一般道を使ってゆっくり走れというもの。

 それには理由があって……

「知花」

 社長との熱いキス。
 わたしの細く開けた唇に割り入るように、彼の舌が侵入してくる。

「うんっ」


 
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