幸田、内緒だからな!
わたし、花嫁修業に参ります!
「ごめんな。縁談の話、内緒にしてて。話したらきっとお前がショックを受けると思ったから」
「いいの」

 ホントは知ってる。
 だけどそれを言ったらまた話がややこしくなるから、このまま知らなかった事にしておこうと思った。

「本当にいいのか? 俺、お前と一緒になれるんだったら、社長を辞めたっていい。会長とも親子の縁は切る」
「直紀、何言ってるの! あなた、何人の従業員を路頭に迷わせる気? 我が社にはあなたが必要なの。だから辞めるなんて、絶対に言わないで!」

 あれからわたしは会長を追っかけ、ある提案をした。
 今考えると、自分でもよくあんな事言えたなと思う。
 だけど、直紀と一緒になりたい。
 その思いがわたしを強くしてくれた。

「会長、待って下さい」
「何だ?」
「お話があります」
「話ならさっき終わったはずだが」
「会長のご自宅で、花嫁修業をさせて下さい!」

 ペコリと90度近く腰を折って頭を下げた。
 お願い。
 お願い。
 会長、お願い!

「よかろう」
「えっ?」
「その代わり住み込みでだ。それから、修行中は直紀には会わせん。それでもいいなら、家内に頼んでやろう」
「お願いします」

 何の迷いもなかった。
 このチャンスを逃したら次はもうない。
 何としてでも頑張らなくては。

「だけど、会長も意地悪だよな、修行中は一切帰って来るなって、それ、あまりにも酷だと思わない?」
「わたしは構わない」
「俺に会えなくてもいいの?」
「今後一生一緒にいられるかどうかが掛かっているんだもん。認めてもらえたら、ずっと一緒にいられるんだもん」
「それはそうだけどさ」
「わたし頑張る。だから、直紀も我慢して」
「わかったよ」


 という事で、わたしは1週間後に藤堂家の門をくぐった。
 会社は、研修の為の休職扱いにしてある。
 秘書課の皆は、自分達はそんな何ヶ月か留守にするような研修は受けた事がない。
 それって左遷?
 何て言っている。
 まあ、一種の左遷かもしれないね。

「おはようございます。本日からお世話になります、早瀬知花でございます」
「まあまあよくいらしたわね。さあ上がってちょうだい」

 奥様の出迎えは、気合を入れて行ったのがばからしかったかのような拍子抜けするものだった。
 優しい。
 直紀みたい。
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