幸田、内緒だからな!
 こう言うと、嫌な女だと思われてしまうかもしれないけど、決して優越感に浸っているわけではない。
 むしろ、こんなわたしのどこがいいの? と疑問だらけだ。

 わたしが小学校6年の時、両親が離婚。
 それ以来わたしは母に育てられ、父から養育費も貰っていなかった母は、朝から晩までくたくたになるまで働いていた。
 高学年ともなると、ある程度の事は出来るようになっていたわたしは、誰もいない家に帰っても、テレビを観たり、宿題をしたりして大人しく母の帰りを待ったものだ。
 それから中学、高校と進学し、奨学金を貰って専門学校に行った。
 そこで秘書になる為の勉強に励み、卒業と同時に外資系の企業に就職した。
 だけど、憧れていた秘書の仕事はやっぱり大変で、他に3人いた先輩秘書からの嫌がらせもあり、入社5年で退職。
 それからしばらく秘書の仕事から離れていたけど、心が元気を取り戻すと、やっぱり秘書の仕事がしたくて直紀の会社の面接試験を受けた。
 1次試験では直紀の姿を目にする事は無かったんだけど、最終面接に残った3人が後日社長と面談する場面があった。
 そこで初めて直紀と対面し、あまりのカッコ良さに失神。
 と言うのはその場にいた人達が受けた印象で、実際のところ少しでも痩せて面接に望もうと3日前からあまり食べていなかった為の栄養失調。
 とは言っても、やっぱり社長の顔を見た途端、心臓が飛び出すんじゃないかってくらいドキリとしたのは事実。
 だから、きっとあれが引き金で倒れたんだと思っている。

 その後聞いた話。
 直紀は倒れたわたしをお姫様抱っこして、社長室の奥にある彼のベッド(忙しくて家に帰れない時などはここに泊まる)まで運んでくれたそうだ。
 目が覚めて、部屋を出た所にいたその時の秘書、小井手真美(こいでまみ)さんが教えてくれた。
 それからわたしは肩を落として退社した。
 絶対落とされたと思っていたから。

 ところが数日後掛かってきた電話は、採用決定のお知らせだった。
 そしてわたしは、めでたく小井手さんの後釜として、社長の秘書になった。
 ちなみに小井手さんは、寿退社で旦那様と一緒に海外へ行ってしまった。

 どうしてあんな醜態をさらしたわたしを採用してくれたんだろうと思い、直紀と付き合い出してすぐに尋ねた事がある。

「うん? 抱き上げた感触が良かったから」

 そう言われて、若干引いちゃったけど、その後の彼の野獣ぶりを見て、あれは冗談じゃなかったのかもと思っている。

「社長、そろそろ到着致します」
「そうか」

 わたし達を乗せたファントムは、埼玉支社の玄関先に停車した。
 そこには既に、支社長、営業部長の姿があった。
 社長が行くといつもこういう出迎えを受ける。

「幸田」
「はい」
「俺と知花の関係、絶対内緒だからな」
「承知しております」
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