線香花火の小さな恋
小さな花束

第四話 小さな花束

いよいよ大会前日

いつも通り朝練があって学校があって、放課後にはいつも通り、部活がある

「…今日こそ、絶対に…!」

紫紀は鞄の隣に置いていた、唯乃のクマのキーホルダーを手に取って、家を出た


「お、紫紀!」

今日はあまり焦った様子も無く、飛鳥が駅のホームへとやって来た

「俺も選抜に選ばれてたんだな!
なんで昨日電話の時教えてくれなかったんだよ?!」

「あー…ごめん、忘れてた」

「忘れてた?!」

ガーンと効果音が付きそうなリアクションで紫紀を見つめるがスルーされる飛鳥

「…今日こそ、渡すんだろ?」

飛鳥の言葉に小さく頷く紫紀

「…明日の大会、あの子も来ると思う?」

「そりゃあ…来るんじゃねーの?」

…それなら、尚更だ。

「心置きなく戦いてえし…モヤモヤは早い所、片付けておきたいんだ」

「…頑張れよ、紫紀!」

飛鳥に背中をドン、と押され、紫紀は小さく笑った


しばらくして電車がホームにやって来た

「…三両目」

飛鳥が小声で呟く

「…分かってる」

少し緊張した面持ちで、紫紀と飛鳥は電車に乗り込んだ




「…」

唯乃は、気付いていた

「やっぱり…」

あの人も、三両目に乗るんだ

「…?」

あれ、でもなんか…

今日は何処か、落ち着かない様子に見えた

「……」

何か、あったのかな

唯乃がいる方に一切目を向けず、完全に背中を向けてしまっていた

「…何か、ムカつく」

「ゆ、唯乃…?どしたの??」

はっとすると、隣に座っていた万瑠がきょとんと唯乃を見つめていた

「あっ…いや!何でも…!」

慌てて大きく手を振って笑ってみせる唯乃

「…っ…、」

チラ…と紫紀の方に目をやると…

「…!!」

丁度そのタイミングで、紫紀とばっちり目があってしまった

「…っ、……!!」

「…っあ、……!」

唯乃は慌てて顔ごとぐりん!と百八十度紫紀から目を逸らし、

紫紀もまた、百八十度同じように唯乃から目を逸らした

「…お前らなぁ……」

「…あんたたち……」

側でそれぞれを見ていた飛鳥と万瑠があちゃー…とため息をつく

「…しょーがねぇ、紫紀。行くぞ」

「…っ、はあっ?!!」

いや、待てまてまて!!

まだ心の準備が出来てないんだ!!!

わたわた逃げようとする紫紀

しかし

「…これじゃあ、いつまで経っても埒があかねんだけど?」

飛鳥のめんどくさそうな顔に申し訳なさを感じ…

飛鳥に連れられて、紫紀たち二人は唯乃と万瑠のもとへと向かった

「…あ、唯乃!あの二人、こっち来るよ!」

「そーなの……って、はああっ?!」

それに気付いた万瑠が小さく耳打ちする

「ちょ…っ!万瑠!!どうしよう?!」

「どうしようつったって…あ、」

「…どーも!いきなりごめんね〜」

飛鳥がいつもの調子で万瑠と唯乃に話しかける

「えっと…海西高校二年、桐山飛鳥です!で、こっちが星川紫紀!」

「…こないだは、どうも」

飛鳥の少し後ろから紫紀が小さく会釈する

「海西高校!水泳の名門校だよね!
うちのお兄ちゃんも行ってたんだ〜♪

うんうん、飛鳥くんに紫紀くんね!
私は岸田万瑠!この子は小笠原唯乃っていうの」

飛鳥と同じように、とびっきりの笑顔で二人を迎える万瑠

「ええと…それで、二人は何の用かな?」

万瑠がペースを崩さず二人を見つめる

「あー…そうそう。紫紀がさ、小笠原さんに用事があるみたいで…さ」

飛鳥が後ろにいる紫紀の方に目を向ける

「あ、そうなんだ!
…じゃあ、紫紀くんここに座りなよ!」

「…え、」

「唯乃に話があるんでしょう?
今日は人も少ないし、あたしは飛鳥くんとあっちの席でお話してるよ!」

「そ…そうだな!じゃあ紫紀、後は任せた!!」

「え、ちょ、まっ…?!!」

そう言うと、万瑠と飛鳥はそそくさと離れて行ってしまった

「……」

ふと、唯乃の方を見ると

「………」

ただ呆然と、二人が去った方を見つめていた

「…ええと……」

紫紀が戸惑っていると

「…まあ、座れば」

愛想のない雰囲気で少し隣を空ける

「あ、ありがと…」

紫紀は少し間を空けて、唯乃の隣に座る

「…」

「…」

「……」

「……」

き、気まずい……!!

何とか話を振ろうと頭をフル回転させる紫紀

動揺すると、何も考えられなくなるため一旦大きく深呼吸をする

「…だ、大丈夫?」

そんな紫紀の様子を見て、怪訝な顔をする唯乃

「だ、大丈夫!!
なんか…ごめんね」

「…いや、別に…」

お互いに顔を合わせられないまま、時間だけが過ぎる




このままじゃ、だめだ

心に決めた紫紀は顔を上げ、唯乃に向き直る

「…ッ?!」

突然の紫紀の行動にビクッと方を揺らす唯乃

紫紀はゆっくりと息を吐き、言葉を紡いだ

「俺…どうしても、小笠原さんに聞きたいことがあって」

「…なに」

未だ怪訝な顔をする唯乃に臆すること無く続ける


「…この間のクマ…あれは、本当に捨ててもいい物だったの?」


「…っっ?!」

あの時の光景が、唯乃の脳裏でフラッシュバックする

「俺、小笠原さんの事、全然知らないけどさ…あんなに大事にしてたもの、そんな簡単に捨てられたのかな、って…」

余計なお世話かもしれないけど…

そう言って、紫紀はゆっくりとポケットから例の桜色のクマを取り出した

「それ…!!」

唯乃は大きく目を見開いて、それを指さした

「…俺さ、こういうのに疎いから全然分かんないけど…

もしこいつが小笠原さんにとって大事な物なら、あんな風に捨てちゃだめだと思って」

紫紀は、呆然とする唯乃の手を取ってクマを手渡した

「…あの日は雨だったし、少し汚れちゃってたから…綺麗にはしたんだ

小笠原さんにとってまだそいつが必要なら、大事にしてもらいたいなって」

もういらないと、あの時言われてしまったけれど…

今の唯乃の様子を見る限り、とてもそうとは思えなかった


何故なら…


「…っ、……」

両手に戻ったクマを見て

唯乃は

「……っ、…!!」

大粒の涙を流したのだった


「だ、大丈夫?!」

ギョッとして、紫紀が唯乃を見つめる

「…い…だいじょう、ぶ…っ、」

いつしかクマにも唯乃の涙が一粒、二粒と零れ、水玉模様のようになっていった


「…やっぱり、小笠原さんにとってそいつは、大事な物だったんだね」

ようやく本人に返せたことにホッとして、紫紀は柔らかく笑った

「…後悔だけは、したくなかったんだ」

そう言って紫紀はハンカチを取り出し、唯乃の涙を拭った

「…これ使って?」

そのままハンカチを、唯乃に渡した

「でも、これ…」

「いいよ、大丈夫。使って」

唯乃は渡されたハンカチとクマをぎゅっと握りしめ、俯く

「…星川くん、って…言ったっけ」

「…紫紀でいいよ」

唯乃はゆっくりと顔を上げ、紫紀を見つめた


「…今日の放課後七時、柊南高校に来て欲しい」


「…分かった!行くよ」

そう言うと唯乃は鞄を持ち、丁度降りる駅に着いたため、奥の席からこちらに歩いてきた万瑠と一緒に電車を降りた


「…」

「どうだった?」

万瑠の後方から歩いてきていた飛鳥が紫紀の隣に座る

「…ちゃんと、クマは返せたよ」

「…そうか!良かったな」

紫紀の言葉を聞いて嬉しそうな飛鳥

それと…

「今日の放課後、柊南高校に行くことになった」

「放課後?…そうか」

電車に揺られて窓の外を見つめる飛鳥

「…仲良くなれるといいな」

「…そうだな」

ようやく本人に返せたことに安堵の息をつく紫紀

放課後、唯乃が紫紀に何を語るのか…

今日はそれで頭がいっぱいになりそうだった
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