gift
湊くんは、仕上がりまでのカウントダウン表示を見つめたまま反応しない。
一点を見つめて、まばたきすらせずにいる。
それはぼんやりしているというより、深く深く何かを考えているときの目だった。
湊くんは問題が難しいときほど、こういう目をする、と思い出した。
見ているのは視線の先じゃなくて、頭の中。

「……秒読み」

十から減っていく数字を見ながら、湊くんはポツリとつぶやいた。

「え?」

フィーンと扉が開いても、湊くんはバニララテを見つめたまま動かない。

「できたみたいだよ?」

促すと、ようやくノロノロとカップを手にする。

私の方は口に出すと、雲が晴れたようにスッキリした。
勢いに任せて、冷めてしまったバニララテを、顔をしかめて一気飲みし、空いた紙コップを回収ボックスに落とした。

湊くんは長い時間の後、ようやくまばたきをして、惰性のような仕草でバニララテをひと口飲む。
顔をしかめずにはいられないくらい甘いのに、その表情は変わらなかった。
そして一度だけぎゅっと強く目をつぶって、ため息とも深呼吸とも取れる息をゆっくり吐いた。

「ごめん。無理」

意を決したような声は、私の告白に対する拒否だった。
もうひと口だけバニララテを飲んで、私の横を通り過ぎる。
その時もう一度、こぼすようなささやきで「ごめん」と言った。

世の中で発生する、たくさんの恋の多くは叶わない。
だけど、そんな統計上の話なんて、関係ないと思っていた。
恋は偶然好きになった人に、同じように偶然好きになってもらうわけではないから。
想いは、鳴って、響いて、届いて、共鳴するものだから。
そうして響き合った想いが、どんどん深まるものだから。

大人だから、気持ちはなくても身体の関係は持てるってことは知っている。
キスだけなら尚更。
だけど、あのキスはそれとは違うと思っていた。
唐突な告白は無謀だけど、困らせるかもしれないけれど、それでも湊くんがここまではっきりと拒否するとは思わなかった。

来たときとは別種の絶望感を抱えて、私は仕事に戻った。
たったひとつうれしいことは、もやもやしたものを吐き出したおかげで、仕事は通常営業に戻ったこと。
仕事さえきちんとできていれば、誰も何も言わない。
元彼の時はあんなに騒いでヤケ酒までしたのに、今この気持ちには、誰にも触れてほしくなかった。


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