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私と湊くんが所属する総務部事務課は、何でも屋みたいなところがあって、どの部にも属さない曖昧な仕事はたいてい回ってくる。
それは構わないけれど、休日出勤を要するような場合、いやな顔をするくらい許してほしい。

「今井さん、残業代に休日出勤手当もつくんだから。ね?」

今日も滝島課長は、雲間から差す光ような極上のキラースマイルで私をなだめる。

「いやだなんて言ってませんよ。快くお引き受け致します」

「その顔で言われてもな」

苦笑するだけで書類が濡れそうなほどの色気が漂ってきて、入社初日ならばコロリと恋をしていたかもしれない。

私に課せられたのは、日曜の午前中に手鍋合計五十個を、百貨店に搬入することだった。
その百貨店でさまざまな調理器具を集めたイベントが催されるらしく、緊急で追加の注文が入った。
通常なら工場から直接送られるのだけど在庫がなく、土曜日にギリギリ仕上がるとのこと。
翌日曜日は配送センターが休みなので、私たち事務課の人間がバンで運ぶことになったらしい。
ご注文ありがとうございまーす。

「荷物の搬入なら私ひとりじゃ無理ですよ」

「だから湊さんと一緒だよ。彼からは了承を得てるから」

「課長、快くお引き受け致します!」

すっかりデート気分になった私は、うれしくなって三歩ほどスキップをした。

「今井さん……痛い」

いや、でも湊くんのことだから、「帰りにデートしよう」と言っても、「ごめん、無理」と断りそうだ。

「ねえ、今井さん。足踏んでるよ……」

ここは浮ついた気持ちは隠して、あくまで仕事に徹してるフリをし、その後さりげなく食事に誘うのが確実性が高い。
そう考えて、目の前にいる人に質問してみる。

「岩本さん、社用車で仕事帰りにデートしたら業務上横領(ガソリン)になりますか?」

「大袈裟だな。ものすごく遠出したら怒られるかもしれないね。でも少し遠回りして食事するくらいなら、別に構わないでしょ」

「そうですよね。ありがとうございます!」

私は飛び上がるように弾んで席へ戻った。

「あー! 今井さん、痛いって!」

気象庁がどんなに認めなくても、私が梅雨明けを宣言する。
服を着るのさえ鬱陶しい暑さなので、生地は綿しか選択肢はないけれど、カットソーは女性らしいラインのピンク色を選んだ。
それでも仕事の都合上、デニムと軍手は変えられない。
湊くんも当然デニムにTシャツだった。ところが、

「今日は二浪生に見えないね」

Tシャツは白地で、前みごろは大きいチェック柄。
照りつける太陽の下で、想像していたよりずっとさわやかだった。

「二浪生じゃないから」

「だってサラリーマンには見えないよ。大学生にも見えないし。浪人生が一番しっくりする」

「……今井さんって脳使わないで話すくせに、ときどきものすごく的を射る━━━━━うわっ!」

失礼な発言には、緩衝材を投げつけるに限る。
前日のうちに、バンには工場の方で鍋を乗せておいてくれたので、私たちは百貨店に運び込むだけでいい。休日に出勤すること以外は楽なものだ。
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