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これまでプロ相手に勝ってきたのだから、湊くんはとても強いのだと思っていた。
だけど考えてみると、プロになったら、プロばかり相手にして勝たなければならないのだ。

今四段になったばかりの新人だから比較的簡単なのかと思っていたけれど、むしろ三段リーグを抜けてきたばかりで勢いがあるらしい。
場合によっては、数年以内にタイトルを獲るような人が混ざっていることもあるから、棋力が落ちてきた元タイトルホルダーより、よほど厄介ということだった。

この編入試験はネットで中継されるとともに、大盤解説会と言って、将棋会館の別室でプロ棋士による解説が行われる。
パプリックビューイングのようなもので、誰でも予約なし、参加費二千円で見られるのだけど、日程が平日だし、関西だし、第一局と第二局は行けなかった。
別に交通費をケチっているわけじゃなくて、例え東京でも行けなかったと思う。
湊くんはここまで二連勝で、プロ入りに王手をかけているけれど、第一局目に駒を並べるとき、手が震えて駒を落としたと聞いた。
そんなの見ていられない。
結局ネットで「湊アマ、完勝!」「プロ入りに王手!」と結果が出るまで、何もわからずに過ごした。

湊くんの試験の日は、一日中身体が震えている。
手元がおぼつかなくて、パソコンのキーボードを打つスピードも遅いし、コーヒーはこぼしそうでハラハラする。
胃が痛い。
食欲もない。
ゼリーなら食べられるかと思って一口含んで、吐きそうになった。

「今井さん、休んだら?」

課長の美ボイスが耳に到達しても、脳の方が理解できない。

「へ? コーヒー買って来いってことですか?」

「いや、もう帰っていいよ。というより、将棋会館行って来なさい」

第三局は、この対局に勝てばプロ入りが決まる。
だからこそ、とても身体が保たないので、行くつもりはなかった。
湊くんの試験のことはともかく、課長というのは、部下の恋愛事情まで把握してるものなのだろうか。

「今井さんと湊くんが未だ中途半端な関係でいることは、夏歩から聞いて知ってる。これ、会議室予約のトリプルブッキング! こっち、健康診断再検査の通知間違い! 仕事が増えるし、情報漏洩が怖くて頼めない。もう帰って」

私の心の声に、デキる課長はさらりと答えた。
課長ならば読心術を会得していても不思議はない。

ミスを重ねていたことに関しては、いつもならひどく落ち込んだと思うけれど、気持ちがおかしくなっていてあまり気にならない。
今の私は、上司の叱責さえ跳ね返す無敵状態らしい。

「それすら心ここにあらずで反省してないみたいだね」

課長は、やっぱり読心術の使い手だった。

「課長、今まで心の中でたくさん『ハゲ』って言ってすみませんでした」
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