ハッピーエンドはお呼びじゃない
年末旅行(楽しいとは言ってない)

12月24日(例えば足を踏むかのような)

私はバスに乗っている。
目的地である本家に向かうためだ。

本家は、近畿にある。そして私が今いるのは、北東北。言いたいことはわかるだろうか。

そう、遠いのだ。着くのは夜になるだろう。

バスで新幹線の通っている市に行って、
そこからタクシーで駅に行って、
一度東京に着いたら駅でお土産を買って、
そこから更に新幹線に乗って本家のある県に行く。
そのあとまたタクシーに乗って本家に行くわけだ。

疲れる旅だ。
旅費は本家持ちだが、毎年、飛行機に乗れるようなお金ではなくて、上記のプランしかできない微妙な金額を送ってくる辺り、本家の人間は腹黒い。

「っと。メール?」

私が本家の愚痴を言っていると、鞄の中でメールのバイブ音が微かにした。
まあ、メールなら他の乗客にも迷惑はかからないだろうと、携帯を取り出す。

どうせ、迷惑メールだろうと思っていた私は、差出人の名前に心底驚いた。

『子分1』

間違いなく、スマホの画面にはそう出ていた。

子分1とは学校の友人である。
学校の友人──とは言ったものの、仲はそこそこである。
そもそも、私は深く入り込まない性分なので、深い関係になれる訳もない。ただ、席が隣で部活が同じという繋がりだけだ。

例えば、クラスが別で部活が違えば、彼と話すことも、顔を合わせることすらなかっただろう。

そんな彼からのメールを開く。
内容は実に彼らしく簡潔なものだった。

『To:清水へ
本文:お土産はお菓子以外でよろしく。

追伸、清水の本家ってどのくらい大きいの? あと出来れば家族構成も教えて。どうしてそんなに本家嫌いなの? 理由を具体的に教えて。
何時も僕に大人な態度とれと言うけど、十代にもなって人の好き嫌いをしてる清水はどうなのさ。
ところで、今、君は大嫌いな本家へ向かう途中、こんなメールを見たわけだけど、どんな気分?』

……本文は簡潔なのに、追伸で水の泡にしている。
彼は本当に知りたがりだ。
何なのだ、全知にでもなるつもりだろうか?

そう思いながら返信を打つ。

『To:島原
本文:了解。櫛にする。

本家は東京ドーム二個分くらい。本家の家族構成は曾祖父と祖父母、大叔母2人。叔母4人、叔父3人。従兄弟6人、甥が1人。それプラス私。
本家嫌いなのは……帰ってからでいい?
ああはいそうですね、島原様の言う通りです。これからは言う回数を控えます。

最っ悪だよ。学校の屋上から飛び降りる予定ない?』

バスの運転手が一つ目のバス停に着いたことを告げた。

数時間程だろうか。バスが目的の市で止まる。
私はバス停からタクシーを拾い、駅に向かった。


砂糖を吐き出しそうなほど甘いカップルを尻目に、東京行き新幹線を待つ。
……このカップル、あと何日で別れるかな。

携帯を見れば10時32分の文字。まだ20分くらいある。
私は鞄から本を引っ張り出そうとして、やめた。
熱中して、新幹線が来る時刻に気づけないのがオチだ。

仕方なく、携帯で詩の朗読を聞く。勿論、イヤホンはした。
今日は何の詩が放送されるのだろうか。楽しみに待っていると、近くからバチン!と物凄い音がした。

「最低! 死ね!」
「……違うんだって」
「何が違うの! こんな写真まで撮って、完全に浮気じゃない!」

先程のカップルが喧嘩を始めたようだ。
痴話喧嘩は構わないが、人目につかないところで静かにやってくれと思う。

「……移動しよ」

あと15分くらいあるが、まあ遅れるよりはマシだし、何よりこのカップルから離れたい。
ホームに向かう階段を上がる。

「死ね! 今すぐ! 新幹線の前に飛び込んで死ね!」

浮気された彼女が言ったセリフが現実にならないといいが。

私はホームの売店で弁当と飲み物、あと新聞を買うと、新幹線を待つ。
帰省ラッシュだから、きっと降りる人の数は尋常じゃないのだろう。
朝早くから憂鬱になる。

ゴオオオオッ!という轟音と共に、新幹線がホームに入ってくる。

その時、つかつかとさっきのカップルの彼女の方だけが、ホームへの階段を上がって来た。
別れるまで数日といかず、数分だったか。

彼女は私と同じ新幹線には乗らず、次の新幹線を待つようだ。
それがいい。私としても、駅構内でいきなりヒステリックに叫ぶ女性とはこれ以上、居たくない。

私は新幹線に乗り込むと、指定された席へ向かう。窓際だ。

窓を覗くと、彼女の顔が見える席だった。
私は興味本位で彼女の顔を見る。

「……!」

彼女は泣いていた。泣いていなかったけど泣いていた。
あの顔を私は知ってる。泣いてる癖に、泣いてない意地を張る、私の顔と同じ顔だ。
涙を零すと負けた気がして、目から零れる雫を目を擦って隠す時の顔だ。

新幹線は動き始める。彼女も駅もすぐに見えなくなった。
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