息もできない。

「潤」

後ろから、か細い声がする。

「ごめん、起きれなくて」

寝起きだから少し掠れた、小さな声にくすりと笑って振り返る。薄い水色のセットアップのパジャマを着た麻由子が目元を擦りながら廊下の壁にもたれていた。相変わらずの、低血圧である。

「いいよ」
「ジュース、飲んだ?」
「うん。ありがとう」

ぽてぽてと少しだけこちらに近づいてくるが、相変わらず身体は壁に預けたままだ。

「今日は遅くならないと思うから」
「わかった」
「戸締りね」

心配性だと笑うかもしれないが、麻由子のことだから戸締りを忘れて寝てしまいそうだ。いつもの台詞だとでも言うようにくすりと笑った。笑い事ではない。

「じゃ、いってきます」
「いってらっしゃい」

振り返らなかったが、きっとひらひらと手を振っているに違いない。扉が閉まったあとに小さくガチャリと鍵を閉めた音を確認しながら、黒いピンヒールを鳴らし私は家を後にした。





ー 息もできない -






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