今から一つ嘘をつくけど
 ハッとしてまだ仕事をしている諏訪さんに目を向ける。

 机の上に、マドレーヌを個別包装していた包み紙。手に持っているのはマドレーヌっぽい茶色いお菓子の欠片…………


「あっ!」


 私は思わず声を上げてしまった。その声に、諏訪さんがこちらに顔を向ける。同時に残っていた食べかけのマドレーヌを全部ぽんと口に入れてしまった。


「何……?」

「今の……………………」

「ああ、お菓子? そこの棚にあったやつなら貰ったよ。朝飯食ってなくって腹減っちゃって」


 そんなの私だって減ってるよ! しかも、すっごい楽しみにしてたのに!!

 声にならない心の叫び。でもまさかエリアマネージャーにそんな事は言えない。


「あ、もしかして君のだった? ごめん、勝手に食べて。でも、ご馳走様、旨かったよ」

「い、いいえ…………」


 旨いよ! 当たり前だよ! 行列のできる数量限定マドレーヌだもん!!


 お店のバックヤードに置いているお菓子は、誰でも食べていいという暗黙の了解になっているのは知っている。前のお店でもそうだったし、結構みんな勝手に食べてる。私も勝手に食べてる事はある。

 自分の物だと主張するには名前を書いておくしかない。昨日それをしないで帰ってしまった自分がいけないんだ。

 だから諏訪さんがマドレーヌ食べちゃったのは、仕方がないけど。

 仕方がないけど!


「もしかして、これ凄い食べたかった?」

「い、いえ……大丈夫、です」


 そう答えながら、心の叫びを悟られないようにうっすらと笑顔を作る。何故か諏訪さんは、吹き出すように笑った。




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