ヒグラシ

車がロータリーらしき広場にたどり着くと、今日も2、3台のタクシーが無人で止まっている。そばには井戸端会議よろしく、制服の異なる運転手たちが大きな声で談笑中だ。楽しげな笑い声が、車の中まで聞こえてくる。
不思議と帰省した時の苛立ちもなく、素直に楽しそうだなと感じることができた。

私はドアを開けて、母親を振り返る。


「送ってくれてありがとう」

「どういたしまして。今度は樹くん家に連れてきなさいな」

「……うん」


恥ずかしかったけれど、素直に答えた。
いくつになっても私は、母には敵いそうもない。


「なーんて。樹くんの方が、断然うちに来てるけどね」


そう言って笑った母の顔は、悩みごとがひとつ解決したような、明るい笑顔だった。


キャリーバッグを車から降ろして引っ張ると、アスファルトに車輪がこすれてゴロゴロ鳴った。私はそのまま駅舎へと向かう。

ふと見上げた空は、どこまでも青く澄んでいて、鱗のような雲が高い位置に広がっていた。少し前までは入道雲が多かったのに、すっかり秋めいてきたと目を細める。


私は買った切符を手に、重い足取りで歩く。この改札をくぐれば休暇が終わり、元の日常へ戻るのだ。たった数日間で目まぐるしく変わってしまった環境を置いてきぼりにして。
少しだけ怖じ気づきそうになってしまう自分を、心の中で叱責した。

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