HARUKA~愛~
「あっ…」



思わず声が出ていた。


今年もまた保健委員会になった私は、部活前に石鹸やトイレットペーパーの補充を行っていた。

トイレットペーパーを抱きかかえるようにして運んでいる途中で、私の視界に入らなくても良いものが入り込んでしまった。


体育館と本館の間の渡り廊下まで歩いてくると、その姿は鮮明に見えた。


体育館脇の小さい方のグラウンドで、ボロボロのユニフォームを身にまとい、1人草むしりをしていた。

1人でむしるとすれば、一体何日かかるのだろうと思われる大量の草と対峙し、汗だくになりながらも作業をこなしている。

そして、嬉しくもないはずなのに、穏やかな笑みを浮かべているのだ。


グラウンドのおよそ4分の1の草むしりを終えると、今度は準備体操を入念に行い、グラウンドを走り始めた。


1周目。
まだまだ余裕。


2周目。
まだ行ける。


3周目。
ちょっとペースダウン。


4周目。
意地でペースアップ。


5周目。
残り100メートルくらいでラストスパートをかけ、倒れ込む。



「はあ~」


見ている私まで疲れてしまって、しゃがみ込む。

すると、トイレットペーパーが1つローリングして行った。

下ろしたばかりの腰を上げ、トイレットペーパーを捕まえようと立ち上がるが、次々とトイレットペーパーが腕から抜け落ち、転がる。


「ああ…」


おばあちゃんのように腰を曲げながら、上履きを履いていることも気にせず、追いかける。


どうか、止まってくれ!


そう念じたものの効果はなかった。

グラウンドにシルクロードが何本もできた。


私が追い付く頃には、異変に気づいたヤツがトイレットペーパーをつかまえていた。
 

「何してるの、こんなところで?」

「いや…その…別に、何も」


アンタを見てたらこうなったなど、恥ずかしくて言えない。

見とれていたってわけではなく、目が吸い寄せられたという言い方が正しいと思う。

説明するのが面倒くさくて、仕方無く乾いた地面を見つめていた。


「これ、もらうねぇ」

「えっ…もらってどうすんの?」


私が質問した、まさにその時だった。


「ハル!何やってんの!?」


まるで怪獣でも見たかのような形相で遥奏が慌てて駆けてきた。


「どうしたの、これ」

「運んでたら、落としちゃった…」

「ハルって案外ドジなんだな」


遥奏はそう言うと、私の頭をポンポンし、目の前のヤツに視線を移した。

ヤツはにこにこ微笑んで、さっき私に言ったことと同じことを遥奏にも言った。


「なんか、迷惑かけたな。ごめん」

「おれは大丈夫。それより、早く練習に行った方が良いと思うよぉ」

「そうだな。ハル、行こ」


私は遥奏に右手を握られるがままにその場を後にした。









ヤツはまた、「大丈夫」と言った。


私は奥歯に何かが挟まっているような違和感を感じた。







何が大丈夫なの?








ヤツは今日も私のことを1度も見なかった。
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