ヘレナにはなれない

本当に、なぜ私が練習相手になっているのだろう?私に「練習に付き合って」と声をかけてきたのは、他でもない田嶋君だった。けれど、不思議だと思う。私は別に、田嶋君と特別仲が良かったわけでもないのに。

休憩ということで、窓際でお茶を飲んでいる田嶋君をちらりと見る。それから台本にちらりと目線を落として溜息をついた。

『どんな猛獣だって、あなたほど残酷ではないわ。でも私はついて行くの。そしてこの地獄の苦しみが、天国の喜びに変わるのを待つの。これほど愛している人の手にかかって死ねさえすれば』

「天国の喜び……か」

目に入ったのは、先ほどの場面の最後のヘレナの独り台詞だ。彼女は自分を捨てた元恋人に殺されることを望んで、どんな獣がいるかも分からない森の中を追いかけているのだという。

正直、私には彼女の気持ちが、微塵も理解できない。

「ヘレナについて考えてるの?」

いつの間にやら水分補給を終えて近くにいた田嶋君が、私の呟きを耳聡く拾って訊ねてくる。私は台本から目を離して、頷いた。

「うん。死んでもいいと思えるほどの恋って、どんなものなんだろうね」

「糸井さんは恋したことないの?」

「その人のために死にたいと思うほどの情熱的な思いは、わかんないかな」

『真夏の夜の夢』の内容を思い出しながら、私はそう答えた。恋人のライサンダーとの婚礼が認められぬなら死にたいと公主の前で言ったハーミアや、駆け落ちするハーミアとライサンダーの片方でも殺そうと、自分が殺される覚悟をした上で追いかけるデメトリアス。話の中で描かれる恋愛模様は、私からしたら重すぎるのだ。
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