秘め恋

 スタッフルームから店内のキッチンスペースに入ると、アオイの姿があった。ランチのサラダに使う野菜を切っている。

 それまでと変わらない仕事中のアオイの姿に、もう胸が溶かされそうになった。あれほど落ち着いていたのが嘘のように急激に心拍数が上がる。

「おはようございます」

 ポーカーフェイスで挨拶をした。アオイもこちらを見て明るく挨拶してくれるものだと思った。だが、彼女は野菜から目を話すことなく、

「おはよう。3番テーブルの片付けお願いしていい?」

 と、淡々と指示を出した。心なしか口調もそっけない。

「了解です」

 いつものアオイと何かが違う。普段なら、指示を出す時は必ず相手の目を見る人なのに。引っかかりを覚えたものの、ざっと客席を見るとこの時間にしては多くの客がいたのでアオイも忙しいのかもしれないと思い、この時は気にしないようにした。

 だが、客足が落ち着いてからもアオイの不自然な言動はそのままだった。さすがにマサは違和感を覚えた。

 もしかしなくても、避けられてる?

 客足が落ち着き、スタッフ同士の雑談が許される空気ができた。これまでなら、アオイとも取り留めのない会話で場をつないでいた。

 アオイに苦手意識があった頃はやや気まずい時間だったが、今なら唯一の楽しい時間帯になるはずだった。しかし、今日はただただ静かで、漂った沈黙の空気に、互いの心情を探り合う気配すら感じるようだ。

 アオイの不自然な態度に、マサは自分が避けられていることを確信した。そして、自分の気持ちが悟られているかもしれないことを懸念した。

 でも、バレるようなこと言ったりしたりしてないし……。
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