あの日みた月を君も
「いいの?」

アユミの顔がぱーっと明るくなった。

「うん。もちろん。」

僕はとても真面目な顔で答えた。

少しでも、言葉にできない自分の気持ちが伝わってほしかった。

送って行くっていう僕の気持ちが、軽い気持ちじゃないってことを。

アユミの最寄りの駅まで2人で電車に揺られる。

幸い席が空いていて、2人で並んで座ることができた。

こんなに貴重な時間だっていうのに、気の利いた言葉が出てこない。

アユミもまた何もしゃべらなかった。

思わずぐっとにぎった手に力を入れる。

いつもみたいにたわいもない会話でもいい。

2人見つめ合って、しゃべって、笑いたい。

アユミの笑顔を見ていたい。

それなのに、結局降りる駅まで、僕たちは一言も会話をしなかった。

改札を出る。

この駅の住人は昔から金持ちが多いと聞いていた。

周りを見回すと、確かに大きな家ばかりが建ち並んでいる。

そんな住宅街を抜けた先に、ひときわ大きな豪邸がそびえ立っていた。

「ここなの。」

アユミは小さな声で言った。

思わず足が止まった。

見なければよかった。

自分の存在がものすごくちっぽけに見えてくる。

アユミは、僕が想像している以上に、お嬢様だった。

いくら僕が社会に出てがんばったって、到底追いつけるほどの差ではなかったんだ。

「お茶でも飲んでいく?」

アユミは僕の目を見ずに言った。

「いや、いいよ。」

家の大きさに圧倒されて、思わず足が駅の方に戻る。

情けない気持ちでいっぱいだった。
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