あの日みた月を君も
「一著前って、もう俺らも30だぜ。一著前になってなきゃ駄目だろが。」

マサキは受話器の向こうでくしゃみを一つした。

「風邪ひいてんのか?」

「いいや、今取材で北海道に来ててさ、こっちはえらく寒くて。」

「北海道か。おいしいもんいっぱいありそうだな。」

「まあな。なかなかゆっくり食ってる暇はないけどな。ところで、来週の金曜はどうだ?空いてるか?」

「いつでも空いてるさ。」

「奥さんの許可はいらない?」

「いらない。」

即答した僕の言葉にマサキは一瞬言葉を飲み込んだようだった。

「ま、来週ゆっくり話しするとして。じゃ、金曜にT駅の改札で。」

「おう。また来週な。」

マサキの電話は切れた。

北海道か。

本当に日本中を走り回ってる。

大学の時は、僕の方が成績も少しだけマサキより優秀で、よく勉強も教えてやっていたのに。

随分マサキに追い抜かれてしまったような気がした。

社長は僕に経営を任せたいらしく、やりたかった研究はなかなか進まなかった。

久しぶりに夜、家で食事をしていた。

ミユキはいつもよりも楽しそうに僕にお酒を注いでくれる。

僕はそんなミユキがいじらしいと思うけれど、それ以上の感情が沸かなくなっていた。

「ねぇ。ソウスケさん。」

「ん?」

「そろそろ子供のこと、真剣に考えない?」

きたか。

お酒を飲みながら、自分の気持ちを悟られまいとちゃぶ台に置かれた刺身に箸をつけた。

「そうだな。」

そう言いながら、ふといつもより静かなリビングに目をやる。

「今日は父と母は夜遅くなるって。お世話になってる銀行の社長から懇親パーティに誘われたんですって。」

そういうことか。

お酒のコップをちゃぶ台に置きながら、ちらっとミユキに目を向けた。
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