お見合い結婚時々妄想
料理も食べ終わって、祥子さんが焼き上げたというケーキに舌鼓を打っていた
ケーキを食べながら藤川さんが祥子さんを質問責めにした
内容は、もちろん部長との結婚

「部長のどこがよかったんですか?」
「どこが?全部かな?」
「結婚の決め手はなんだったんですか?」
「う〜ん。慎一郎さんとだったら、一生一緒にいたいなって思ったから?」
「滅茶苦茶スピード結婚でしたよね?」
「お見合いだったし、最初は私もあまりの展開に着いて行けなかったけど、慎一郎さんがちゃんと進めてくれたから」
「部長が話しを進めて行ったんですか!?」
「はい。じゃないと結婚出来なかったかも」


祥子さん、そんなこと言ったら……
ほら!部長が不機嫌になってますから!


「何でそんなこと言うの?祥子」
「だって、私には分不相応な人だったし」
「そんなことないって、何回も言ってるでしょ?」
「だって」
「だっては聞きたくない」


拗ねてる……
部長が拗ねてる


麻生、分かる、分かるが引きすぎだお前は
橋本、写メを撮ろうとするんじゃない!
係長、下を向いてますが、それは笑ってますね?肩が小刻みに震えてます


「だったら私だって言いたいことがあります」
「何?言いたいことって」
「結婚前、全然会えなくて凄く不安でした


ふんっとそっぽを向く祥子さん
しかも、それがまた可愛らしい
部長はちょっと慌ててるし


藤川さん、笑いすぎ!声出さずに笑うって、苦しくない?
永井さん、ニヤニヤしながら見ないで!
木下さん、なぜ部長を睨む?あぁ、祥子さんは君のお姉様だったね


「本当にこの人私と結婚するつもりなのかとか、詐欺だったらどうしようとか、でも私なんか騙しても何の得にもならないのにとか、いろいろ考えたんだから」
「いや、だからそれは仕事がね……」
「そう、だから結婚した後もこんなに仕事ばっかりで、ほとんど家に帰ってこないんじゃないかとか、だったら一緒に暮らす意味もないんじゃないかとか、そんなことも考えてたの!」
「祥子……」


困り果てている
あの皆川部長が困り果てている!


そんな部長を尻目に、祥子さんは俺達に向かってにっこり笑った


「でも結婚してから、残業はあるけど、週末は結構お家にいてくれてるから……それって、皆さんのおかげだと思うんです。たから、今日はこうやってお礼が出来てよかったです。ありがとうございます。これからも主人のこと、よろしくお願いします」


そう言って、祥子さんは俺達に深々と頭を下げた


俺達は、恐縮して狼狽えてしまった


そして、「相川さん」と祥子さんが俺に向かって言った


「特に相川さんは、主人の秘書もやってらっしゃるから、スケジュールとか、色々遣り繰りしてくれてると思うんです。それに、この前のパーティーの時も、心強かったんです。相川さんがいてくれて、本当によかった。ありがとうございました」


祥子さんは、俺に対して頭を下げた
俺は、いいえと首を振り、口を開いた


「祥子さん、あのパーティーの時、祥子さんが『凄い人と結婚しちゃったんですね』って言ったの覚えてますか?」
「そんなことも言いましたね」
「俺、あの時何も言えなかったんですけど、祥子さんも十分凄い人だと思いますよ?」
「私が?」


俺は、はいと頷いた
祥子さんは訳が分からないと言う顔をしている


「パーティーでの祥子さんを見てもそうでしたけど、何よりも部長を見てたら分かります」
「慎一郎さんを?」


びっくりして部長を見る祥子さん
部長も首を傾げている


「祥子さんと出会った後の部長は、本当に何というか……」


俺は思わずふっと笑って言った


「可愛らしくなりましたから」


部長に対して満面の笑顔を向けた
その時の部長の顔は一生忘れないだろう
あの、びっくりした間抜けな顔を
そうなんですよ、祥子さん
あなたはこの皆川慎一郎と言う人に、こんな顔をさせてしまう唯一の人なんです
だから、あなたは凄い人なんですよ
そろそろ帰ろうと、部長宅を出ようとしたとき、祥子さんに呼び止められた


「相川さん、これほんの気持ちです。今日は皆さん来て下さって嬉しかったんですけど、相川さんにはちゃんとお礼をしたかったので……大したものじゃないんですが」


そう言って貰ったのは小さな紙袋だった
俺が首を傾げていたら


「靴下です。ネクタイも考えたんですけど、それは彼女さんがいたら悪いかなと思って」
「そんな……今日こうしてご馳走になっただけで十分だったのに。かえって気を使わせてしまって申し訳ありません」
「いいえ。どうぞ貰ってください」
「あの、これ、部長は?」
「大丈夫です。慎一郎さんには内緒ですから」


小声でそう言った祥子さんは、やっぱり可愛らしかった
後ろの方から部長が睨んでいたのに気付いたが、遠慮なく靴下を貰って、部長宅を後にした


そうしてみんなと別れて、自宅に帰っていると、会社の近くでマーケティング部の進藤係長とばったり会った


「お疲れ様です、係長」
「お疲れ様です、相川さん。そう言えば、今日は皆川部長のお宅にお邪魔したんですよね」
「なんで知ってるんですか?」
「祥子さんに聞いてましたから。あれから、一度だけランチしたんです」


まさか、本当に友達に?


「祥子さん、楽しい人ですよね。可愛らしいし。一緒にいて、こっちまで笑顔になっちゃうの」


そう言って笑った係長を見たとき、何故か心がざわめいた


「あ、それ。私も一緒に選んだんですよ」


係長は祥子さんから貰った紙袋を指差して言った


「え?」
「ランチしたときに相談されて、じゃ靴下なんていいんじゃない?どうせ使うものだしって言ったんです。私も、男の人へのプレゼントを選ぶなんて久しぶりだったから、なんか楽しかったです」


ふふっと笑った係長は、なんか可愛らしかった
なんなんだ?
今日は部長夫妻にあてられて、おかしくなったのか?


「それじゃ、また」


そう言って、頭を下げて去ろうとしている係長に、慌てて声をかけた


「あ、あの。進藤係長!」


係長は振り向いて、何ですか?と首を傾げている
呼び止めたのはいいけど、何も考えていなかった


「相川さん?どうしたんですか?」
「あ、えっと……今度食事でもどうですか?選んでくれた靴下のお礼に」


我ながら滅茶苦茶なこじつけだなと思いつつ、進藤係長を見ていた
進藤係長も同じことを思ったのか、苦笑している


「相川さん、上司の元カノ誘ってどうするつもりですか?」


そうだった
この人は部長の元カノだった
でも、何故かこの人ともっと話がしたかった


「いや、あの……何ででしょう?」


思わず出た言葉に進藤係長は吹き出した
そしてスマホを取り出した


「連絡先、交換しましょうか?」


何故係長がそう言ったのか分からない
でも断られなかったことにホッとした
俺も携帯を取り出して、お互いの連絡先を交換した
その時、部長が祥子さんに一目惚れしたと言った事を思い出した
その気持ちが何となく分かった気がした
そうして目の前の進藤係長ににっこり笑った
進藤係長もにっこり笑ってくれた
なんだかそれだけのことが、凄く嬉しかった
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