マリンシュガーブルー

 二人組の男性は静かに食事をして、長居はせずに会計にやってきた。
 レジで精算をしていると、先輩らしき中年の男性が話しかけてくる。

「口コミで聞いたんですよ。美味い店で自分のような中年のオヤジの口にも合うと」
「さようでございましたか。ありがとうございます」
「いえ、家内が、この店にまた行きたいと言っていたので、以前通りに行くように伝えておきます」

 奥様からの口コミ? それに来てみたいとまだ思ってくれている? 僅かな光が差したような気持ちになった。

「お騒がせいたしました。ご不安な思いをさせてしまい申し訳なかったと、奥様にお伝えください。通常に営業しております」

 美鈴が頭を下げ、顔を上げても、中年の男性はじっと美鈴を見ている。

「あの……」
「いえ、接客が丁寧で気が利く女性がいるとも聞いていましたので。なるほどと……」

 気が利くことなど、この男性にはまだ何もしていないのに『なるほど』? 美鈴は訝しむ。でもそんな美鈴の顔を見て、中年男性がどこかおかしそうにくすりとこぼした。

「また他の同僚を連れてきます」
「ありがとうございます。お待ちしております」

 嬉しくなったのか、弟もキッチンから飛び出してきて、一緒にドアまで見送った。

「聞いた、宗佑」
「聞こえた。そう思ってくれてるのかな。まだ警戒して来てくれないだけなのかな」

 宗佑の目に涙が滲んでいた。彼も死ぬような思いをしてたに違いない。子供のような大事な店が、悪い男達に悪い薬物を持ち込まれ荒らされたのだから。
< 50 / 110 >

この作品をシェア

pagetop