二度目の恋
歓迎会から1週間が経った、金曜日の昼休み。
私は秘書室の同期の伊藤詩織と会社の近くのカフェに来ていた。
カフェは混んでいて、私たちはカウンターに並んで座った。
「美咲は仕事慣れた~?」
「秘書室は毎日てんてこ舞いでさ~」
「総務部も来月から忙しくなるんだっけ~?」
詩織は見た目お嬢様風で清楚な感じだけど、喋るとサバサバした割りと男前な感じ。
私は詩織のそのギャップが気に入っている。
「まだ慣れないよ」
「来月は私も土曜日に休日出勤する予定なんだよね~」
総務部が使っている社内システムがバージョンアップするらしく、私も土曜日の午前中だけ休日出勤するように言われていた。
私が仕事の話をあれやこれやと喋っていると、詩織はアイスコーヒーを飲みながら、じーっと私を見ている。
「何?」
私は喋りを止めた。
詩織は突拍子もない事を訊いてきた。
「総務部の佐伯課長ってなんで独身なの?」
「へっ!?」
食べかけていたサラダに刺したフォークが宙ぶらりんになる。
「私が知るワケないじゃん」
気を取り直して、私はサラダを食べ始めた。
詩織はそれでも畳み掛けるように、
「だって、30歳で独身で、仕事出来てイケメンなんて、社内の女性社員たちがほっとかないでしょう?」
へぇ~。課長って30歳だったんだ。
心の中でそう思っていると、
「30歳だけど、何か?」
明らかに低い男の人の声が私の背後から聞こえる。
バッと後ろを振り返ると、そこにはどこからどう見ても今話題に上がっている人物の姿がある。
「佐伯課長、お疲れ様で~す」
詩織は椅子から立ち上がって挨拶している。
「私これから会議の準備があるんで、お先に失礼します」
「美咲、じゃ~ね~」
詩織は手を振りながら、カフェを出ていく。
私は一瞬ボーっとして、次の瞬間焦った。
この状態で何で課長と二人でいるワケ!?
気まずい…非常に気まずい。
「え~っと、課長?」
背後にいたはずの課長を見ると、さっきまで詩織が座っていた椅子に腰かけて、コーヒーを飲んでいる。
つまり、私の横で。
何か話さないと、と思うものの、ちっとも会話が思いつかない。
しばらく無言のまま、サラダを食べ続けていると、
「なぁ」
突然課長が呟いた。
「来月の休日出勤の土曜日の午後って、なんか予定入ってるか?」
あまりにも意外な質問に、
「ありません」
即答してしまった。
「そうか。じゃあ昼飯奢るから、予定空けといて」
課長は外の景色を見ながら、そう言うと、席から立ち上がった。
「はい」
私は何とも間抜けな返事をしながら、サラダを食べ続けた。

デスクに戻り、卓上カレンダーを1枚めくって来月の休日出勤の土曜日をチェックする。
来月の第一土曜日で、来週だった。
休日出勤は午前中だけかと思っていたけど、午後も仕事なのかな?
ランチ奢るって、課長とふたりで?
いやいや、他にも休日出勤する社員はいるから、みんなでって事かな?
何だかよくわからないと思いつつ、午後から新しい仕事を覚える事で精一杯だった私は、課長とのやり取りを頭の隅に追いやっていた。

休日出勤の土曜日の朝。

土曜日という事もあって、本社1階のエントランスはガランとしている。
行き交う社員はまばらで、総合受付も無人で、警備員が何人か立っているくらい。
エレベーターに向かうと、佐伯課長が立っている。
「おはようございます」
課長に挨拶すると、課長はチラッと私を見て、
「おはよう」
すぐに視線はエレベーターのボタンに移る。
エレベーターに乗り込むと、課長とふたりきりになった。
「今日仕事終わったら、1階のエントランスで待ってて」
課長がそう言うと同時にエレベーターは総務部のフロアの7階に着いて扉が開いた。
課長は颯爽と廊下を歩いて行く。
私は返事もせず、ボーっと課長の姿を見ていた。

え~っと、仕事が終わったら課長と1階エントランスで待ち合わせって事でいいのかな?
う~ん、よくわからない。
原田先輩に聞こうにも、今日はいないので聞けない。
とりあえず仕事しよ。
心の中でモヤモヤを感じながら、午前中システムエラーが出ないように祈りながら、慌ただしく時間は過ぎていった。

12時を少し過ぎた1階エントランスは、朝と同様にガランとしている。
ソファーに腰掛け、外の景色を眺めていると、
「ごめん、遅くなった」
佐伯課長が目の前に立っている。
周りに他の社員はいない。
あれ?課長とふたりでランチに行くって事?
「いえ、大丈夫です」
私が仕事を終えて総務部を出ようとしていた時、課長は電話中だったので、先に1階に降りて待っていた。
もしかしたら他の社員も1階で待っているのかもと思っていた。

「松本さんは和食大丈夫?」
課長と並んで歩きながら、
「はい、和食大好きです」
課長は会社の向かいの商業ビルの最上階にある和食のお店に案内してくれた。
最上階だけあって、景色は抜群。
しかも個室で、周りに気を遣う事なく、ゆったり食事が楽しめる。
メニューを見ると、ランチはリーズナブルで種類も豊富。
穴場かも。
ついつい顔がにやけてしまう。
美味しい料理には目がない私。
相手が課長という事を忘れて、あれが美味しいこれが美味しいと饒舌に喋っていた。
ふと課長を見ると、課長は腕時計をチラッと見ていた。
そういえば、午後からも仕事があるのかも。
予定空けとくように言われていたし。
「あの課長、午後からも仕事あるんですよね?」
私の問いに、課長は不思議そうに首を傾げ、
「午後は仕事ないけど、ちょっとつき合って」
課長は伝票を持ってレジに向かってしまった。
あわてて後ろを追い、
「ごちそうさまでした」
深くお辞儀してお礼を言った。
「歓迎会の時にも思ったけど、松本さん美味しそうにご飯食べるよね」
ギョギョ!
課長にそんな風に見られていたとは…食い意地の張った新入社員ってイメージなんじゃないかな。
「あはは」
ただただ笑うしかなかった。
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