イジワルなくちびるから~…甘い嘘。【完】

――二ヶ月半後の土曜日……


予約が入っていた個展の開催が全て終わり、Arielの個展が開催されるまでの間、矢城ギャラリーは取りあえず一時休館。書類上では明日、矢城ギャラリーは春華堂に引き渡される。


それに伴い、私も間借りしていた矢城ギャラリーを出て、春華堂が社宅として借り受けているマンションに引っ越すことになっていた。


今日がその引っ越しの日。荷物なんてほんの少しだからわざわざ引っ越し業者を頼むのもどうかと思っていたら、輝樹君がアルバイト中にもかかわらず、友人に車を借りて引っ越しの手伝いに来てくれた。


「希穂ちゃん、もう荷物は全部積み終えたから、そろそろ行く?」

「うん……」


玄関の鍵を握り締め歩き出すが、どうしても名残惜しくて足が止まる。


私がこのギャラリーで働いていたのは一年にも満たない短い間だったけど、いざ、ここを出るとなると堪らなく寂しい。


歩くとギシギシと音が鳴る廊下も、柱のキズも、今となっては全てが愛おしくて溢れてきた涙で視界が滲む。その涙をソッと拭い、シンと静まり返った玄関ホールから辺りを見渡せば、楽しかった日々が次々に蘇ってくる。


多くの素晴らしい作品に出会えた最高の場所だったな……


「有難う。矢城ギャラリー……」


小声でそう呟き、玄関の鍵を閉めて車に乗り込むと輝樹君が遠慮気味に「新太先輩のこと、吹っ切れた?」って聞いてきた。


あぁ、そうか。輝樹君はあれからバイトや創作活動が忙しくて矢城ギャラリーに顔を出すことがなかったから、まだ、パーティーで新太さんに会ったこと話してなかったんだ……

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