今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
 促され、恐る恐るといったようすで袋を開け覗き込んだルーレンが、ヒッと小さな声を上げて仰け反った。中は金一色、見たことがない量の金貨。

「これだけあれば一生困らないだろう。……なんだ、足りないか。それならまだあるが」

「いっ、いえ! 十分です!」

 ルーレンが激しく首を左右に振る。

「で、ですが……申し訳ありませんが、これは、要りません」

 ぴく、とカディスの眉が上がる。それを見たルーレンが額を床に擦り付けた。

「私共は、働くことを誇りとしています! 貧しくとも、卑しくとも、こうして生活することを選びます……!」

 ルーレンを見下ろし、カディスはため息をつく。こつこつと靴を鳴らしながら近づくと、腰に提げた剣を抜いた。

「これは決定事項だ。わたしは今『交渉』をしてやっている。言っていることは、わかるな?」

 ルーレンの頭に剣の腹を当てる。皆が息を呑んだ。空気が凍る。
 すぐに首をはねることができるのだと、そして下町の人間一人くらい減ったところで何ら問題がないのだと、この場にいる誰もがわかっていた。
 だから。死にたくなければ、頷くしかない。

「は、はい……」

「では、すぐに出ていけ。この瞬間からこの土地は国の所有物になる」

 何の感慨も無さそうにカディスは剣を納めた。




「はぁ、偉い人が考えることはよくわからんねぇ……」

「結局、前の王様とそう変わらないのかなあ。皆、少なからず期待してたのに」

「でも、こんなことをするのは初めてだろう? 聞いたことがないし。ルーレンさん、何かしたのかい?」

 一緒に追い出された客に問われ、ルーレンは首を振った。

「いやぁまさか。私たちはここでずっと慎ましくやってるんだ。何も心当たりなんてないよ。ねえ、アリーナ」

「……はい」

 頷いたアリーナは、そっと視線を逸らした。
 心当たりは、全く無いわけでは……ない。
 でも、昨夜出会った男が本当にカディス・クレミージだという確証はないし、そもそもこんなことをする理由がない。

 ──本当に、どうして、こんなところに皇帝なんかが。

「まあ残念だけど、どうしようもないもんなぁ」

「またどこかで店を開くことになったら教えてよ」

 客たちは朗らかに笑うと、次々に去っていった。誰も憤ってはいない。
 諦めているからだ。
 国王が死んでからは減ったが、自分たち下町の人間は、何度も理不尽な目に遭ってきた。それが普通で、そんなことにいちいち反応していてはきりがない。
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