今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
「その……本当に2人ですか」

「他に誰か連れてくる必要があるのか? 今日俺とお前は貴族の子息と侍女のお忍びという設定だ。わかったな」

 今日はよく喋りますね、と皮肉を言いかけてやめる。

「もしかして、楽しんでません?」

「……まさか、視察だぞ」

 何故だろう。今日のカディスは幼く見える。距離が近く感じる。

「そういえば、陛下って何歳ですか」

「21だ」

 もっと上だと思っていたので、アリーナは閉口した。皇帝としては大人びて見えるのはいいことだろうけれど。

「お前は19より幼く見えるな」

「あ、人が気にしていることを、あなたもセルジュさんもそうやって……!」

「セルジュ?」

 カディスがぴくりと眉を動かす。

「随分仲良くなったようだな」

「兄と思ってくれていい、って。なんか本当にそんな感じしますよね、セルジュさんって」

 先程のやりとりを思い出してくすりと笑う。

「簡単に気を許すなよ。あいつは誰にでもそういう感じの奴だからな」

 不機嫌そうな声にそちらを見ると、唇をへの字に曲げぶすりとした顔でカディスがそっぽを向いていた。

「……あなたが言います?」

「どういうことだ?」

「別に。何でもありません」

 色々な人の血を飲んでいるカディスの方が、余程『そういう感じの奴』だと思う。
 あれを聞いてしまったのは不可抗力だから、一応聞いていないことにはしておいてあげようとは思うものの、時々こうしていらっとしてしまう。

「お、着いたみたいだな」

 緩やかに馬車が止まる。御者が開けた扉からカディスが出る。こちらに手を差し出したまま動かないので、何事かとその顔を見つめる。

「何をやっている?」

「こっちの台詞です。邪魔で降りられないので避けてください」

 カディスが眉を顰めた。身を乗り出しアリーナの手を持って自分の腕を掴ませる。
 きょとんとするアリーナにため息をつき、顔を逸らす。耳の端が赤い。

「エスコートしてやっているんだろうが……!」

 とん、と地に足をつけたアリーナは驚いてカディスを見上げる。こうしてみると背が高いのだなと思う。
 掴んだままだった腕を慌てて離した。手に残る感覚を、アリーナは服の裾でごしごしと拭った。男の人の腕は逞しいのだな、なんて、そんな不埒なことを考えていたと知れたら。
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