今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
「うう、ララさんスパルタ過ぎ……」

 数時間後。アリーナは呻きながらよろよろと壁に手をついた。しかしいつまでも立ち止まっているわけにもいかない。
 次の担当であるセルジュの姿が時間になっても見えないらしく、恐らく図書館にいるはずなので探して来るようにと言われたのだ。

 行くのは初めてだったので迷うかとも思ったが、行く先々で出会った侍従や兵士たちに聞きながら進むとさほど時間もかからず目的地まで辿り着いた。
 ──というのも、殆ど毎日同じ人物が同じ場所にいるので顔見知りなのだ。物凄く人数が多いというわけでもないので大体顔を覚えている。城というのはもっと人でごった返しているようなイメージだったのだけれど、違うのだろうか。

 考えても仕方が無いので図書館に入る。入った瞬間、目の前に幾つもの背の高い本棚。壁紙だとでもいわんばかりに壁一面に並べられた本。立て掛けられた梯子に登って取るのだろう。

「アリーナ様? どうされたんですか?」

 圧巻の光景にぽかんと口を開けていたアリーナは声の方向を見る。何冊も本を抱えたセルジュが目を瞬いた。

「時間になってもいないので、探しに。もしかして熱中しすぎてとか?」

 茶化すように言うとセルジュが懐中時計を確認して首を竦めた。

「すみません。つい時間を忘れて」

「いーですよ。そんなに面白いって、一体何読んでたんですか……」

 ひょいと表紙を覗き込んだアリーナは首を傾げた。

「『レガッタ王国の歴史』?」

「殆どは陛下が処分されましたが、何冊かは私が秘密の場所に隠しているんです」

 セルジュは上目遣いにアリーナを見る。子供っぽい仕草にアリーナは嘆息した。

「別にわざわざばらしませんよ。言わないって思ってるから言ったくせに、意外と意地悪ですね」

 王国の本を隠し持っているのはそんなにいけないことなのだろうか。殆どは処分されたとも言っていたけれど。やはり、今は『帝国』である以上、昔のものがあると問題なのか。

 仕えているカディスから隠し持つくらいに、セルジュにとっては王国の記憶は大切なものなのか。……そのようには、あまり感じられないけれど。

 訊くことが憚られて、アリーナは口を閉じた。そうしたところで、王国は二度と戻らないから。それに、何を聞いたとしてアリーナには到底理解できないだろうから。

「丁度良いので、今日はここでしましょうか」

 セルジュに続いて椅子に座ったアリーナは早速口を開く。

「シレスティアル侯爵家について、詳しく教えてください」

 セルジュが片眼鏡を光らせて口角を上げた。

「陛下に興味がおありで?」

「ち、ちが……くはないですけどっ、その言い方には語弊がありますよ? 何て言うか、侯爵にしては──貴族にしては、平民との距離が近いって言うか。変な人だなって。だから、どんな環境で育った人なんだろうって思っただけです。断じて! 陛下単体に興味があるとかいうわけではなくてですね!?」
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