今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
◇◇

 どうしてそんな顔するの、とアリーナは顔を顰めた。再会して早々に詰ってやったのに。

 しかし今はカディスと睨み合っている場合ではない。玉座に向かってララに習ったように腰を折る。ただ、目を伏せることはない。無礼と思われようと、そんなことはもうどうでもいい。

「ソリティア公爵家、アリーナ・コレールと申します。申し訳ありません、国王陛下のためにお土産をご用意していたら遅くなりました」

 どん! と目の前にかごを置き、被せられていた布を取り去る。
 ドゥーブル国王の碧玉の瞳がすこぶる訝しそうに眇られた。怒りや憤りを通り越して呆れているような仕草だった。

「……汝のような……者が、まことに婚約者、なのか?」

 カディスの手前、直接的な言葉を言うことは避けたようだったが、それでもわかるくらいに不審そうである。

「はい。ですよね、陛下」

「あ、ああ……」

 じろりとアリーナに見られたカディスがぎこちなく頷く。

「では改めて名乗るべきであろうな。余はドゥーブル国王、ルグマ・ドゥーブル・エルンレイドだ。婚約者殿は体調が優れぬと聞いたが、加減はいかがか」

 そんなことになっていたのか。まあ、来ないのなら理由は必要だろう。

「ええ、もうばっちりですよ」

 にっこりと微笑んだアリーナは、玉座を見てあることに気が付き、ぎょっと目をむいた。

 肘置きに刻まれた、双頭の鷲の意匠。手にしたブローチに彫られているものと何度も見比べる。あまりに似ている。
 皆があんなに対応が変わったのは。まさか、これは通行手形なんてものじゃなくて──それなら、これを渡してきたララは──?

「ん? それは彼奴のだろう。何故汝がそのブローチを持っている?」

 彼奴、とはララのことだろう。は、とララを見るが目は合わない。彼女の視線はじっと床に固定されていた。

「そも、到着した時より気になっていたのだが。ララよ、汝は何故使用人のような格好をしている。『人質』とは言えそのようなことをせねばならん立場ではなかろう。汝まで働かせねばならんほどレガッタは人手が足りていないのか?」

「いいえ。私が望んでしていることですので」

 俯いたままそう言ったララにルグマはふんと鼻を鳴らす。

「汝には王族の誇りは無いのか? まあ第6王女ともなれば庶民と大差ないのだろうが、せめて余の顔に泥を塗るようなことはやめてくれよ」

 アリーナは声をあげかけて慌てて呑み込んだ。ちろりと見るが、ララは黙している。ルグマは面白くなさそうにもう一度鼻を鳴らして、侍従に顎で指示を出す。

「部屋は用意させて頂いた。積もる話もあるが、長旅で疲れたことだろう。一先ずはゆるりと寛がれるといい」

 その間、きっと気のせいに違いないのだが、アリーナはどうしてもルグマの視線がずっと自分に向いているような気がしていた。
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