今宵、皇帝陛下と甘く溺れる
 会場に入って早々、アリーナは顔を顰めて仰け反った。凄い活気だ。煌びやかに着飾った人々がひしめいている。煌々と輝くシャンデリアにもうんざりして、アリーナは広間の端の壁に凭れた。

 コルセットで締め付けられているせいで、目の前に陳列された美味しそうな料理にも心惹かれない。せめて何か飲み物を取りに行こうかと顔を起こしたところで、こちらに歩いてくる人物に気がついた。
 あまり目立たない、シンプルなデザインの仮面をつけた男だった。彼は両手に持っていたグラスの片方をアリーナに差し出した。

「いかがですか?」

「あ、ありがとう、ございます」

 断る理由も無いので受け取る。口をつけると苦いような変わった味がした。国が違うとやはり味覚も少し違うのだろう。
 じっと見られているような気がして、アリーナは首を傾げた。

「どうかされました?」

「……いえ。もしかして、こういう場はあまり慣れていらっしゃらない?」

「はい。実は初めてなんです。すすめられて出てきましたが、少し後悔しているところで」

「私も、こういう場はあまり好きではないんです。だから、壁の花を決め込んでいるあなたとなら楽しめるかもしれないと思って。つい、声をかけてしまいました」

 アリーナは男をそっと上目遣いに見やった。身長も高いし、着こなしも慣れている。所作も上品で、仮面で籠っているためはっきりとはわからないが、声色も女性が好みそうな低くてしっとりとしたものだった。

「あなたがそんな風に声をかけたら、誰でもお誘いに乗ってくれそうですけど。本当に私で良いんですか?」

 男がくすりと微笑んだ。

「そういうところがいい。すぐにこちらの誘いに応じられないところが。いじらしくて、私の想い人に、似て、いる──」

 男が慌てたように口を閉ざした。このような場でそれを言うのは、流石にマナー違反だと気づいたらしい。
 しかしアリーナは笑って首を振った。うっかり口にしてしまったようだし、悪気があったわけではなさそうだったからだ。

「気にしないでください。実は……私も、想っている人がいます。でも、思うようにいかなくて。気分転換に出てきていたんです」

 男は少し考える様子で黙った後、こちらを向き直った。

「もしよろしければ、ですが。折角の出会いですし、いかがですか。ああ、勿論口説こうという気などありませんよ?」

 意外とお茶目な人だな、とアリーナは口元を綻ばせる。

「私もそう簡単に口説かれる気はありませんので、ご心配なく」

 男は可笑しそうにくつくつと笑い声を立てた。
 グラスを置いてこちらに腕を差し出す。どうすればいいのか戸惑っていると、手を掴んで誘導された。
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