嫌いになってもいいですか?
「__だ、大丈夫だって、お母さん。私だってもう大人なんだから……」


電話口でお母さんは、《そう? でも……》と曖昧な相槌をうった。
いつも出勤前に飲み干すコーヒーのカップを水道水で注ぐ水の音が電話越しに聞こえた。


《粗相のないように、充分気をつけるのよ?》
「わかってるよ」
《ねえ、ほんとにお母さんも一緒に行かなくていいの?》
「だからね、今回は私だけで、って……はぁ、もう……」


このやり取り、一体何度目だろう。
図らずも溜め息が出た。

朝の出勤前。
海外出張を終えて帰国した龍二と同棲を始めたマンションの一室で、着替えている途中にお母さんから電話がかかってきた。

もっぱらの内容は、明日のこと。

明日、私は休暇を取って龍二のご実家に挨拶に行くことになっている。
と言っても正式に結納などの日取りが決まったわけではなく、龍二が言うには家族に紹介する程度なので、軽く顔を出すだけでいいとのこと。

それなのに、お母さんは一緒にご挨拶に行った方がいいんじゃないか、ってしつこい。
しかも……。


「えっ、き、着物⁉︎ だから、いいって。形式ばったものじゃないんだって」
《そう? もし一式必要だったら、成人式のときに借りた振袖を叔母さんにまた……》
「はいはい、もし必要だったら貸してもらうから」
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