嫌いになってもいいですか?
私の部屋で過ごした一日を終え、玄関で靴を履く後ろ姿を名残惜しく見つめる。


「明日から、新店舗だよね」
「ああ」
「オープンまでハードだね」
「ああ」


ドアノブに手を掛けた龍二は、私に背中を向けたまま。


「じゃあ、体には気をつけないとね。ご飯とかちゃんと食べ、」


て、と言いかけたとき。
急に振り返った龍二は、こちらに顔を近づけて、傾けて。私の顎を掴み、強引に唇を奪った。
体が退けぞるくらい激しいキス。


「ちょ……っと! 苦しいっ」
「じゃあな」


じゃあな、って。
こんなの、別れ際に不意打ちでするキスとは思えないよ。
なんて考えて呼吸を整えると、龍二は私の目を見つめて言った。


「しばらくは、会えないと思う」
「え、そんなに忙しいの?」


その質問に答えない代わりに、龍二は私の手首を握って、頬にちゅっと口付けた。さっきとは正反対の、優しいキス。

手首が解放され、なんとなく心もとなくなった私は、龍二の袖口を指で摘んで、つんと引っ張る。

けどそれは、引き止めるには不十分な無駄な抵抗。
龍二はドアを開け、外に一歩足を踏み出した。


「あ! 龍二」


ジャケットのポケットから車のキーを取り出した龍二は、私の声に一瞬だけ振り向いた。


「いってらっしゃい」


バタン、とドアが閉まる。
キスの感触が残る、唇に手をあてた。


「しばらく会えない、か……」


龍二が去ったドアを見つめ、溜め息交じりに呟くと、スリッパを下駄箱の中に戻した。
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