不器用な僕たちの恋愛事情
「謙人さん何か言いたい事ある?」
「いや。約束…あったら悪いかな、ってね」
「謙人さん、もしかして分かってて言ってる?」
「何のこと?」

 絶対にデートのことに気が付いている確信犯だ。

 美空はぷうっと膨れて、謙人を睨み見る。

「意地悪でしょ?」
「だから何のこと? リア充の邪魔しようなんて思ってないよ。別に」
「思ってるんだね」

 謙人はくすくす笑って、他のメンバーの元に行ってしまう。

(今日は、デートしたかったなぁ)

 普段、十玖と一緒にいられる時間が少ないし、しばらくは大学の学祭やらライヴやらでもっと時間がなくなる。

 それでも以前は、ライヴについて回ったけれど、あの事件から控えめにしていた。

 まだ怖いというのもあるが、未だに嗅ぎ回るマスコミのせいでA・Dに迷惑をかけない為でもある。

 ラベンダーのグラデーションをバックにする彼らをカメラに収めていく。

 薄闇が辺りを包み始めると、謙人が近寄ってきて、写真データを確認し、ようやく撮影は終了した。



 校門前に待機していたワゴンに乗り込み、最後まで付いて回ったファンに見送られて事務所に向かう。

 デートの約束を反故にせざる得なくなった二人は、三列目のシートで恋人つなぎをする手を眺めながら、同時にため息をついた。

 二列目シートの三人が、ニヤニヤしながら振り返った。

「悪いねえ。二人にしてあげられなくて」

 微塵もそんな事を思っていないだろう、と突っ込みたくなる謙人の言葉に、二人はむすっとする。

 晴日と竜助もクスクス笑って、二人の神経を逆撫でしてくれる。

 理由の如何は分からないが、謙人が何やら思惑有りげだということを、美空は十玖に耳打ちしていた。

間もなく事務所に到着し、会議室に促されて十玖が扉を開けると、いきなりの破裂音に歓迎されて、呆然と立ち尽くした。

「Happy Birthday トーク!」

 事務所スタッフ一斉の言葉に、十玖は恐る恐る後ろを振り返る。

「早く入れよ。主賓」

 晴日に背中を押されて促される。

 十玖は美空を見下ろすが、美空も初耳のようだ。首を振って十玖の腕にしがみつく。

「二人でお祝いしたかっただろうけど、トークが加入して初めての誕生日だから、三人に協力して貰っちゃったの。ごめんねトーク、クーちゃん」

 手を合わせて申し訳なさをあらわに筒井が言うと、三人も二人に媚を売る。

「何であたしにまで内緒なのぉ?」
「美空からバレたらサプライズになんねぇだろ」
「バラさないし」
「いーやっ。顔に出るね。お前の辞書にポーカーフェイスという言葉はないッ!」

 きっぱり言い切る晴日は、美空検定トップを誇れる実兄である。

 ぐっと言葉に詰まった美空の頭をよしよしする十玖の顔は、笑うのをこらえてるせいで赤く染まっている。

 美空は口を尖らせて、十玖の脇腹にパンチをくれた。

「笑わば笑え。我慢されると余計にムカつくわ」

 美空のパンチぐらいじゃ全くこたえた様子もなく、肩を震わせていたら、拗ねた美空は十玖を置き去りにして、テーブル前に行ってしまった。

 振り返って十玖を確認し、またぷいっとそっぽを向く。

(可愛いなぁ)

 十玖は、美空になら何をされても許せる自信がある、自他ともに認めるほどベタ惚れだ。

「さあさ。トークは正面に行ってグラス持つ。いつまでも始められないでしょ」

 筒井に背中を押されながら正面に立つと、待ち構えていたA・Dの乾杯の音頭で、パーティーが始まった。

 立食形式のパーティーは、所属しているアーティストたちの乱入で、てんやわんやの大騒ぎになり、お祝いの芸を披露するスタッフとメンバーによって終始笑いで締めくくられた。

 大荷物を抱えてのデートは諦めて、ワゴンに乗り込むと十玖はパーティーを振り返った。

 こんなに賑やかで笑った誕生日は、人生初だった。

 有形無形のプレゼントをたくさん貰った。

 有形の大半は、飾り気のない十玖に対するものが殆どで、アクセや服が占めていた。

 そして美空のプレゼントも。

 レザーとプレートで出来たネックレス。

 美空が付けてくれたネックレスのプレートに、軽く口付けると彼女は照れて顔を背けてしまう。

 百合の模様が入ったプレートの裏側には “My heart is always by your side” の刻印。

「やることが何気にスケベだよな」

 二人のやり取りを見ていた晴日が茶々を入れる。

「スケベって何ですかっ」
「そりゃ美空のが一番嬉しいだろうけどさ、みんなのも使ってくれよ?」
「もちろんです」
「言っとくけど、恋人からのアクセのプレゼントって、束縛アイテムだからな。指輪は言わずもがな、ネックレスは首輪だぞ? 首根っこ掴まれんだぞ!?」

 首を絞める真似をする晴日に、竜助が追従する。

「ブレスは手錠な」

 と手首同士をくっつけて、捕まったリアクション。

「念がこもってて怖いよねぇ」

 謙人が歯を見せて笑う。

「もお!三人ともッ!!」

 二列目の三人をポカポカ叩く美空を眺めながら、

「美空の束縛、僕は嬉しいですけど」

 ぽそりと呟いた十玖に、一瞬静まり返る。

 美空は瞬く間に真っ赤になり、晴日たちは「バカらしい」とそっぽを向いてしまった。

 十玖は慌てて言い訳めいた事を口走り始める。

「き…嫌われてると思っていた時間が長すぎて、束縛されると実感が湧くっていうか」
「そんなの最初だけだっつうの。だんだんウザくなるぞ?」
「晴さん。そんなこと言ってたら、粘着気質の萌となんか続きませんよ!」
「十玖。大丈夫。お兄ちゃんの方が断然粘度が高いし、絶対ウザくなるから。むしろ萌ちゃんに逃げられないかが心配」
「え、ちょっ美空さん? お兄ちゃんウザイ?」
「今更なに言ってんの?」
「確かに見ててウザイ時あるよな。くうちゃんが気の毒でしょうがなかったし」

 竹馬の友はあっさり美空に加担する。

「妹を愛するが故じゃんか」
「だからそれがウザイっての。晴のウザさに比べれば、くうちゃんなんて可愛いものさ。十玖がいいなら束縛されてろ」
「問題ないです」

 言って美空に手を差し出す。

 美空は十玖の手をしばし見つめ、照れながら握り返した。

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