不器用な僕たちの恋愛事情

久々に何も予定のない日曜日、斉木家にA・Dが集まり、好き勝手な事をやっていた。

しょっちゅう一緒にいるのだから、たまには別行動すればいいものをと思う美空である。

せっかくのデート日和に、引きこもり状態ではあまりに切ない。

チラリと十玖を見る。

マレフィセント流出から二日。まだ十玖に話せていない。

タイミングを逃し続けているのもあるが、白状する勇気がない。

かと言って人伝で十玖の耳に入ろうものならば、信用を無くしてしまう。

(言わなきゃ! でも…どう切り出そう)

ソワソワしている美空に晴日が気付いた。

「どした美空。トイレならさっさと行けよ」
「違うから。そもそも誰のせいで……十玖。ちょっといい?」

美空は立ち上がると、手招きした。

「どうしたの?」
「う…う~ん。話あるんだけど、来てくれる?」
「いいよ」

読んでいた音楽雑誌を閉じて、十玖は立ち上がった。

晴日たちは十玖の動きを目で追いかけ、晴日が口を開いた。

「ここじゃ出来ない話か?」
「お兄ちゃんが元凶なんですけど」
「あ…もしかしてアレ? まだ言ってなかった?」
「何? 何の話?」

意味深なやり取りに、何やら嗅ぎつけた謙人が食いついた。

美空は晴日と謙人を睨みつけ、十玖の手を引っ張って自室に向かった。

「どうぞお座り下さい」

テーブルに誘う美空に、「どうしたの?」とクスクス笑う。

美空は十玖の向かいに正座すると、深々と頭を下げた。

「ごめんなさい! マレフィセント流出してしまいました」
「……え?」

引きつった笑みでもって聞き返す。

「どういう事?」
「十玖が必死に逃げ回って、食い止めたのに本当にごめんなさい。お兄ちゃんが十玖にヤキモチ妬いて、筒井さんに送っちゃいました。筒井さんに載せないでって頼んだけど、簡単に却下されちゃって、今度の会報誌に載ってしまいます。ごめんなさい」

美空は床に額を擦り付けんばかりに平伏す。

十玖は茫然自失の体で、美空を見下ろしている。

どのくらいの時間が経っただろうか。

のろのろと十玖が口火を切った。

「晴…さんが? 何だって?」

美空は恐る恐る顔を上げた。目には涙が浮かんでる。

「お兄ちゃんより十玖が好きって言ったら、たまたまフォルダー開いていた、マレフィセント…筒井さんに送っちゃって、あたしの秘蔵コレクションだから、載せないでって言ったけど…女装男子は女子の好物だからダメ…て。プ…プロなら徹しなさいって。十玖が嫌がることヤだったんだけど……ごめんなさい~っ」

言い終わるや否や、わんわん泣き出す美空の頭に手を伸ばす。

美空が故意的に流出しないことくらい分かってる。

思い返せば、美空は何か言いたげだった。

今日だって本当はデートしようと思えば出来たのに、言い出すタイミングを逃さないためだったのか、ゆっくりしようと言い出したのは美空だった。

頭を撫でていた手を止めて、引き寄せる。

ぽすっ、と十玖の胸に収まり、一瞬泣き止んで十玖を見上げた。十玖の優しい眼差しにまた涙が溢れ、抱き着いて泣くこと十数分。

この体勢がさすがに都合悪くなってきた時、ようやく泣き止んだ美空が顔を上げた。

十玖は安堵のため息を漏らす。

正直、なんの拷問かと思った。引き寄せたのは自分だが、このままでは泣いている彼女に手を出しそうで、晴日に対する怒り云々より、己との闘いで彼の心は疲弊した。

同じ轍は踏めない。

「十玖。ごめんね」
「怒ってないよ。大丈夫?」
「…ん」
「筒井さんに渡っちゃったなら、もお腹括るし、美空も気にしないで」
「本当に? ホントに怒ってない?」
「怒ってないよ。晴さんが妬いて取った行動なら、大人げない行為も許す」

徐に、十玖は人差し指を唇に当て、扉に向かう。

美空もすぐに悟った。

「正直、ザマーミロって感じだね」

一気に扉を開けると、三人が雪崩れ込んで来た。

眇めた目で三人を見下ろす十玖。

愛想笑いを浮かべる三人。

「何してるんですか?」
「い…いや。大事になってないか、心配でさ」
「原因を作った人の発言とも思えませんが?」

首を鳴らし、指を鳴らす十玖。

「ですよねぇ」

完全に引きつった笑顔を浮かべる晴日の両二の腕をがっしり掴み、力づくで立たせる。

「嫌がってた僕を尊重してくれた美空を泣かすなんて、どう責任を取って貰いましょうか?」

目が全く笑っていない笑顔に、晴日の背筋が凍りつく。

竜助と謙人は素早く美空のそばに避難した。

晴日はしばらく思案し、「あれ」と視線を壁に促す。

「大きな、穴ですね。あれが何か?」
「マムに六四で修理するように言われたんだけど、全額俺が持つってのは?」
「それで、穴が開いた経緯は?」
「写真を送った事にブチブチ言うから、十玖のヌードでも撮らせて貰えって言ったら、椅子投げつけ…て…」
「ほおぉぉぉぉぉ」

地底から響いてくる様なくぐもった声。

晴日の言い訳を待たず、十玖が体を捌くと晴日の体がグルンと回転し、俯せになった彼の肩関節を捻り上げた。

「いででででででっ! たんまたんま」

背中に片膝を乗せ、更に捩じ上げる。

「ギタリストにはこんな事、不本意なんですけどね」
「だったら止めてくれぇ」
「くれ?」
「下さい。お願いしますぅ」

空いたもう片方でタップする。

十玖が晴日を解放すると、慌てて晴日は十玖から離れ、肩を擦る。

「そもそも晴さんが余計な事をしたから、穴が開いたわけですよね? なら修理するのは当然のこと」
「まったくその通りで。申し訳ありませんでした~っ」

深々と平伏す。

十玖は嘆息し、晴日の前にしゃがみ込む。

手を伸ばした十玖にビクリとした晴日へ、苦笑しながら捩じり上げた肩を擦る。

「やり過ぎました。すみません」
「悪かった。ごめん」
「マレフィセントの件は、諦めます。占有率、僕が勝ったことのささやかな報復と思って」
「うわっきたよ、上から目線」
「当然じゃないですか。晴さんに勝ったんですから」
「美空! コイツと別れていいぞ」
「ヤだよ」

言って十玖に抱き着く。

むっとした晴日にあかんべをして、

「萌ちゃんと始まってもないのに、終わっちゃうよ?」
「そーだったっ!! 何が何でも別れるな。いいな? いいな?」

晴日は頭を抱え、すぐ二人を交互に指さしながら念を押す。

「自分本位なことばっか言って」
「晴さんがどんな邪魔しても別れませんから、安心して下さい」

抱き着く美空を抱きしめて、不敵な笑みを浮かべ、美空は「へへっ」と笑って、十玖にピースした。

晴日はもとより謙人や竜助まで、ケッて顔をすると、十玖が美空を庇うのを見越した上で、手あたり次第の物を十玖に投げつけるのだった。


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