意地悪な彼ととろ甘オフィス
「なんでそんな意地悪言うの?」
「……は?」
「今の! 私に期待させるようなことわざわざ言って……どういうつもりなの? ガッカリしたところ見るのがおもしろい?」
あんなのまるで思春期の男子がするような態度だ。いい大人がすることじゃない。
だから睨むと、成瀬さんはぐっと黙ったあとで顔をしかめた。
「……それ、本気で言ってんの?」
低く掠れた声で問われ、一瞬言葉を呑む。
月灯りの薄暗い中でも、あまりに苦しそうに歪んだ目は見ることができた。
責めていたのは私だったのに、まるで私のほうが悪いことをしているような、そんな気がしてくるほど苦しそうな成瀬さんが続ける。
「意地悪とか、期待とか、そんなの明日香のほう……いや、なんでもない」
成瀬さんの声で〝明日香〟なんて呼ばれ、驚く。
中二の秋頃から成瀬さんは私を〝日向サン〟って呼ぶようになったし、それにショックを受けた私も、〝成瀬くん〟とか〝成瀬さん〟って呼ぶようになった。
成瀬さんは本当は、幼なじみの私をうっとうしいと思っていたのかもしれないって怖くなったから。
〝日向サン〟って呼んでくる成瀬さん相手に〝響哉くん〟なんて無邪気に近づけなかった。
だから、こんな風に名前で呼ばれるのなんて本当に久しぶりで思わず呆けてしまっていると、成瀬さんはそんな私から目を逸らし「なんでもねぇよ。さっさと家入れば」と吐き捨てるように言った。
もう、成瀬さんには会話を続ける気がないってことなんだろう。
ここでしつこくしても不機嫌に睨まれるだけだから、言われた通り、門に手をかける。
でも、あることを思い出して、まだそこにいる成瀬さんに声をかけた。
「少しだけ待ってて」
「……なんで」
「いいから」
すぐに玄関の鍵を開け、キッチンの冷蔵庫から炭酸水のペットボトルを取り出す。
玄関を出てそれを手渡すと、成瀬さんが目を見開いた。