オトナの恋は礼儀知らず
「そうなんです。そうです。
 あなたに、もう私とは会わないという念書を書かせろと。」

 意識を取り戻したのか追いかけてくる桜川さんはまたおかしなことを言い始めた。

 こういう男の奥様になる人は世間とズレたところで暮らしていらっしゃるようだ。

 念書を書くためには会わなければいけない。
 そんなことより2度と会ってくれるなと思わないのかしら。

 言ってやりたい。

 桜川さんが探さなければ会うこともありませんでしたよ。と、奥様に。

「見つかって良かった。」

 嬉しそうな桜川さんが腑に落ちない。

「………念書を書かないといけないから?」

「そうです。そうなんですよ。
 参っちゃうな。」

 まったくもって参ってないように見える。

 このまま話が通じないような桜川さんに言われるがまま言うことを聞いて大丈夫なのだろうか。

「書いてお送りしましょうか。」

「それでは困ります!」

「こうして会っている方が困るのでは?」

「……私の話と噛み合わなくて嘘だと言われると困るので。」

「なんの話を合わせることがあります?」

「いつ不貞行為が……。」

「!!!」

 だから!!言い方!!!

 人通りの多いこの場所は完全に晒し者だ。

 桜川さんみたいな人とこんな所で話せる話じゃない。
 あぁ。でもどこで話せば……。

 料亭の個室?
 何?国家機密なわけ?
 あぁでも私にしてみたら政治家の密談と同じくらい重大な秘密よ。

「どこへ?」

 突然引いた手を振り払わずにいる桜川さんは連れられるがままついて来ている。

「探してるの!
 邪魔されずに話せる場所!」

「あぁ。でしたら。」

 立場が逆転して手を引かれると今いた道の1本裏道を入った。

 知っている場所なのか迷いなく進む桜川さんに圧倒されてそのままついていく。

「ちょうど前に入ったホテルがこの奥で……。」

 手を振り払ったのは友恵だった。

「どうしてそうなるんです?
 私はただ話せる場所と………。」

 気づけばホテル街。
 ホテルの前で口論している友恵達は先ほどと同様に好奇の目に晒されていた。

「前は時間がありませんでした。
 私もきちんと話したいですから。」

 もう一度引かれた手を振り払えなかった。

 あんな場所で目立つのも嫌だからと、誰にしているのか分からない言い訳を心で何度も繰り返した。



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