オトナの恋は礼儀知らず
 沈黙を破るように電話が鳴り「失礼します」と断りを入れたということは桜川さんの携帯だ。

 この状況で電話に出るとは非常識ではないだろうか。
 不倫とは非常識この上ないのだから今さらなのだけれど。

 ベッドと同じ色彩のナイトテーブルから携帯を取る腕は筋張っている。
 その先に伸びる指先は節が太くてゴツゴツとした男の人の手だった。

 この状況で奥様からの電話を漏れ聞かないといけないとはどんな仕打ちなのか。
 仕事で遅くなったなんて見え透いた嘘を隣で聞く……寒々しい光景がまざまざと思い浮かんだ。

 それとも奥様との会話で目が覚めて罪を悔い改めるのなら幸いなことだ。

 しかし電話から漏れ聞こえるのは想像していた以上に友恵を打ちのめす内容だった。

「お父さん?」

 思った通り家庭がある人なんじゃない。
 しかも娘らしき声。

 奥様どころか娘いるんじゃない!
 当たり前か……当たり前よね。

「なんだい?」

「朝早くにごめんね。
 お父さん全然捕まらないんだもん。」

 すみません。
 そのお父さんに私は捕まっています。

 自分が悪いわけでもないのに謝罪の言葉が心に浮かぶ。

 でも、そうね。
 飲み過ぎた自分だって悪いわ。

「それは悪かった。」

 お父さん……なんだなぁ。
 桜川さんみたいなダンディなお父さんがいたら私なら絶対に自慢する。

 うん。やっぱりあり得ないわ。
 不倫なんてするもんじゃないわ。

「今日、誕生日でしょ?
 ケーキでも買おうか?
 それより何か欲しいものある?」

 いい娘じゃないの。
 お陰で奥様よりも自責の念にかられるかもしれないわ。
 娘に不貞行為を知られては身もふたも……。

「プレゼントはいいよ。
 それよりお父さん、彼女作ってもいいかな?」

「!!!!!!!!!!!」

 声にならない叫び。
 娘よね?娘じゃないの?
 心は痛まないの?

 自ら申告するってどういう神経!?

 罵声を浴びせられる声を漏れ聞く覚悟をして娘の返事を待った。

 ガツンと言っちゃってよ。
 それで電話に向かって土下座しても軽蔑したりしないわ。
 家庭を守ることこそが正しい愛の形だもの。

「前から作ったらって言ってるでしょ?
 めぼしい人でも見つけたの?
 お父さん全然その気ないんだもん。」

 拍子抜けする声。
 想像とは真逆の事態に心が上手く追いついていけない。

 なんてオープンなんだ。

 娘まで父の不倫を後押し…というより父にその気が無いのに勧めている口ぶり。
 今の若い子の恋愛観は理解できない。

 頭痛がする。

 そうだった。頭痛がするのだ。
 驚きで忘却の彼方だった頭痛を心置き無く堪能できそうだ。

 その頭痛はもはや二日酔いの頭痛なのか桜川さんとのことなのか分からなくなっていた。



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