私にとって初めての恋。
美陽は中学の頃、よく束李の陸上大会や練習を見ていた。
束李が一生懸命に走る姿がカッコ良くて、いつも目で追っていた。
だけど、今は違う人を追っている。
サッカー部にいる3年生の先輩。
学校中の人気者ですぐに名前も分かった。
勝谷悠琉、それが憧れの人の名前だった。
美陽は今日も図書室にいた。

「次沢さんはどんな本をいつも読んでるの?」

美陽が窓の外を見ていると後ろから声をかけられた。
司書の侑士だ。
美陽はそれに答えた。

「そうですね、何でも読みますよ。だけど、持ってたり家にあるのは恋愛とかミステリーとか…あとはエッセイが多いですね」

侑士に向かって笑って見せる。

「そうですか、では…1番読んでて楽しいなとか面白い・面白かったなっていう本はありますか?」

侑士との会話を広げていく。
30分ほど侑士と話していた。
侑士は呼び出されて図書室を出て行った。
美陽は本を読みながらも、グラウンドが気になっているようだった。
本を読んでは外をちらっと見る。
美陽の行動は挙動不審に見えた。

部活に何も入っていない美陽は、強制的に委員会に入らされた。
束李以外のクラスメイトとはあまりコミュニケーションを取っていない美陽にとっては、軽い試練でもあった。
放課後はたまに委員会が入る。
束李は部活で助けになる人も周りにはいなかった。

「次沢さんって、委員会になりたくて部活やってないとかじゃないんだよね?」

同じ委員になったクラスメイトの浦羽菖蒲は、自信なさげな声で美陽に聞いた。

「うん、私はそうだよ。別に入りたい部活もなかったし…」

この学校は少し変わっていて、部活をしてる人は文系部以外委員会に入らなくてもいいことになっている。
美陽は頑張って会話をしようと返事をする。

「僕は、中学の頃から仕事みたいなものが大好きで、一応部活も入っているけど文系のとこに入ってるんだ。」

この会話はどの方向へ行くのだろう…。
美陽は心の中でそう思っていた。

「そうなんだ。偉いね、自分から進んでそういうことができるって素敵だと思うな」

美陽の言葉に菖蒲は少し照れたように見えた。
委員としての最初の仕事は担任の手伝いだった。
慣れてきたら色々と増やすと美陽は聞かされていた。

「じゃあ、今日はこれでおしまいだね。お疲れ様、次沢さん」

菖蒲は、申し訳なさそうに言う。
美陽はそれが分かったのか、菖蒲にはっきり言った。

「浦羽君もお疲れ様。それとね、浦羽君。…私に申し訳なさそうにしなくていいよ。私は任されたら最後まで責任もってやるし、仕事を投げ出したりしないから…。だからもっと自信持ってよ。浦羽君はカッコいいって思うよ、私は」

自分にはない前向きな気持ちを持っている菖蒲に、美陽は尊敬の心を持った。
菖蒲は小さな声で「ありがとう…」と言って教室を出て行った。
仕事が終わった時間はもう5時で、図書室は閉まる時間だった。
美陽は常に鞄の中に入れている本を取り出し、自分の席に座って読みだす。
美陽が本を読んでいると、机の上に置いといた携帯が光った。
束李からのメールだ。

『今日から遅くなるから、先に帰ってて』

束李からのメールにはそう書かれていた。
『了解』と返事をして、鞄の中に本を片づける。
美陽は玄関を出て、少しだけグラウンドを覗いた。
グラウンドは広く、野球部、サッカー部、陸上部が活動していた。
人がたくさん集まっている方向とは逆にある陸上部を覗いた。
陸上部を覗くと、束李がこれから走るところだった。
美陽は近くで見ようと前進する。
ベンチから少し離れた位置から、束李が走る姿を見る。

「やっぱり、いつ見ても綺麗だなぁ…」

美陽は束李の走る姿が1番好きだった。
いつもつるんでいる束李も好きだが、走っているときの方が生き生きしているように見えた。
美陽は束李が走り終わるまでじっくりと見ていた。
仮入部の人達とは違い、束李は陸上部の先輩達と練習しているようだった。
走り終わった束李が美陽のいる方向に向かって来る。

「あれ?先に帰ってなかったの?」

束李は美陽に気づく。
美陽はうんと小さく頷いた。

「やっぱり、束李は凄いね!久々に見たけど私、改めて束李の走る姿好きだよ!」

美陽は冗談ではなく本気で言っている。
それは美陽の目を見ていれば、一目瞭然だった。

「あ、ああ。ありがと…」

束李は照れているのを誤魔化すようにタオルで汗を拭く。
美陽は束李の隣に立った。

「ここの陸上部、早いね」

美陽がそう言うと、束李のスイッチが入った。

「だよね!先輩達皆早くて、走るときの姿というかフォームというか…そういうのもすっごく綺麗でね!…」

束李のマシンガントークが始まった。
しかし、美陽の一言がそれを止めた。

「確かに綺麗だけど…、私が惚れたのはやっぱり束李だけかな。皆さん、楽しそうに走っているけど本当に楽しいって伝わってくるのは束李だけだよ」

束李は先輩の走りを真剣に見ている美陽の横顔を見つめた。
そして、鼻で笑う。

「ふっ、そんなこと言ってくれるの、この世で美陽だけだよ…」

束李のつぶやきは美陽には聞こえていないようだった。
束李がスランプで走れなくなったときに出会ったのが美陽だった。
美陽だけがどんな束李も綺麗と言った。
美陽に褒められるようになってからまた調子を取り戻した。

「私は美陽に感謝の言葉しか言えない。感謝の言葉でも表せないくらいだよ」

今度は美陽にも聞こえていたようで…。

「私だって、束李に感謝しきれないくらい思っているよ。束李に会わなかったら私は今でも一人で…。束李の走りを知らなかったら元気だってなかった。私をいつも元気づけてくれるのは束李なんだよ」

美陽は束李に手を伸ばす。
美陽の伸ばした手を、束李は強く握った。

「私、これで上がるけど…。やっぱり一緒に帰ろ」

束李に言われて手を繋いだまま、更衣室に向かう。
2人の男性の視線にも気づかずに…。
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