恋愛ノスタルジー
私は大きなカンヴァスを真正面から凝視して、画を感じようとした。

見る者を自らの意思でその中に踏み込ませてしまいそうな、圧倒的な力を持つ画。

この中で何もかもを忘れ、穏やかに暮らしたいと思ってしまう程幸せで優しい色使い。

かと思えば、その反対側の壁にあるのは退廃的で重苦しい画だった。

立ちこめる深い霧を銀灰色で描き、それが街灯を遮り街を覆う様に、胸が圧迫されるような不安が生まれる。

霧に行く手を阻まれ脚をとられた女性が地面に倒れているのに、画の中の道行く人々は手も貸さない。

それから……どうやら雨が降っているようだ。

歩く人々の上着や建物を濡らす雨水が霧の中の僅かな光で見える様が、見事に描き出されている。

再び倒れた女性の顔を見て、私は思わずギョッとした。

だってよく見ると、なんと女性は笑っているのだ。

どうして?どうして笑っているの?

荷物は散乱し、服は泥の混ざった水で濡れているというのに。

最初は別人の作品かと思ったけれど、どちらも作者は《Ryo.Sakaki》だった。

私は思わず胸に手をやり、眉をひそめた。

……どうして?どうしてRyo.Sakakiは、こんな画を描こうと思ったのだろう。

私の表情に気付いたのか、若い画廊の主人は苦笑した。

「謎めいた画ですよね」

確かに……画の意味が計り知れないし正直不気味だ。

でもこの画も売約済み。

「印象派……ですね。どんな人ですか?この画をお描きになった方は」

私のその問に、彼は困ったような顔をして溜め息をついた。
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