咲くはずだった花
それは突然に

第一話 それは突然に

「真緒ちゃーん!」

「…だからちゃん付けやめろって、いつも言ってんだろ」

「えぇ?真緒ちゃんは真緒ちゃんだよ〜」

生まれた時から、ずっと隣にいる奈千

それは、これからも変わらないはずだった

「真緒ちゃんは、部活動何に入るの?」

ひょこっと隣から顔をのぞき込む奈千

「うーん…まだ決めてない、かな」

ふい、とそっぽを向いて、両耳にイヤホンをさす

「あ、私にも片方貸してよ〜!」

「…ほらよ」

「わーい!」

片方のイヤホンを奈千に手渡し、スマホに目を落とす


日南奈千(ひなみ なち)、高校一年生。
小柄であるが、明るいムードメーカーで、笑顔の絶えない花のような子だった

一条真緒(いちじょう まお)、同じく高校一年生
おっちょこちょいで何かと構ってほしい奈千の世話役のような立場になって早十六年…

隣で奈千が笑っているのが、当たり前だった


しかし…


「…え、奈千が?」

昼休み

真緒の元に、一人の女の子が尋ねてきた

「うん…何だか調子が悪かったみたいで。
三時間目からずっと保健室に居るの」

尋ねてきたのは奈千とよく一緒にいる、同じクラスの楸結花(ひさぎ ゆいか)

「…まあ、行ってみる。ありがとな」

教室を出て駆け出した真緒

この角を曲がったら保健室ー…

角を曲がろうとした時、ふっと出てきた誰かにぶつかった


ドンッッッッ!!


「いってぇ…」

「いたた…」

「すみませ…って、奈千!!」

「あ、真緒ちゃん!」

ぶつかった相手は、奈千だった

「楸から聞いた。お前、今日調子悪かったのか?」

不安げな表情を浮かべる真緒

…心配させまいと思ったのだろうか

奈千は精一杯の笑顔を浮かべた

「ちょっと、貧血起こしちゃっただけ!大丈夫!」

「…無理せずに、早く帰った方がいい」

「大丈夫だって!
…もう、真緒ちゃんは心配症だなぁ」

コツン、と真緒を小突く奈千

「今日も放課後、部活見学行くでしょ?
私も行くよ!」

「いや、だから…」

「ほら、約束!ね?」

奈千に小指を差し出され、渋々指切り

「…いくつだよ、お前」

「そう言いながら乗ってくれる真緒ちゃん、好きだよ?」

「ばっ…ほら、さっさと教室帰んぞ!」

踵を返した真緒はポケットに手を突っ込み、奈千に背を向ける

「…ふふっ、耳真っ赤」

くすくす笑う奈千も、小走りで真緒を追いかけた


…放課後

「…奈千、お前ほんとに大丈夫なんだな?」

奈千の教室まで迎えに来た真緒

「もう、大丈夫だって!ほら、この通り!」

くるんと一周回る奈千

足取りは軽やかで、真緒も少しほっとする

「それじゃ、行くか」

「うん!」

さり気なく奈千の鞄を持つ真緒

少し後ろを歩く奈千は、とても嬉しそうな顔をしていた


放課後の校内は人が少なく、グラウンドからは賑やかな声が聞こえてきた

「さて、何処から見るか…って、」

げ。と嫌そうに呟いた真緒は踵を返そうとする

「やぁ、真緒に奈千じゃないか!」

「北上先輩!」

奈千がタタタ、と駆け寄る

「久しぶりだねぇ、元気にしてたかい?」

「はい!私も真緒ちゃんも、元気です!」

「…少し前まで保健室居たくせに」

「もうっ、真緒ちゃん!」

「ははっ、相変わらず仲がいいな、お前たち」

楽しそうに二人を見つめるのは北上悠貴(きたがみ ゆうき)、高校三年生

中学時代、二人と同じ天文部に所属していた当時の部長である

「どうだ、今年も天文部に興味は無いか?」

「あー…まあ、考えときます」

どうも一線を引いているような真緒

「ははっ、それもそうだな。
興味があれば、また来るといいさ」

「はい!ありがとうございます!」

奈千が嬉しそうに悠貴を見送った

「…今日はもう帰るか。腹減ったし」

んー…と背伸びをする真緒

「えぇ〜…。分かったよぉ」

半分納得いっていないようだったが…

渋々了承し、二人は帰路についた

「…でさ、英語のグラサンうるさいのなんのって…」

真緒がいつものように学校での話をしていた帰り道

いつもなら、ちょくちょく口を挟んでくる奈千なのだが…

「…そっか」

やはり、元気がない

「…奈千、無理ならこのままおぶって帰るけど…無理はすんなよ」

「…ごめんね、真緒、ちゃ……」

その時だった

奈千はふっと体の力が抜け、その場に崩れ落ちるように意識を失った

「奈千?…おい、奈千?!!」

気付いたのが早くて助かった

真緒は奈千が倒れ込む前に、抱える体制がとれた

その後、すぐさま救急車を要請した

「奈千!しっかりしろ、奈千!!」

真緒の呼びかけに、全く応答がない奈千

数分後、大きな音とともに救急車がやって来た

「指定病院などはありますか?」

「この近く…城東第一病院でお願いします!!」

奈千、しっかりしてくれ…!!

担架に乗せられた奈千の手をしっかりと握り、病院に着くまでの間、その手を離さなかった


ピッ…ピッ…ピッ…

病院に着くと、奈千はすぐに集中治療室へと運ばれた

「…俺があの時、無理にでも帰らせておけば…!!」

昔から、体の弱かった奈千

それを分かっていたはずだったのに…

最近、昔ほど頻繁に体調を崩さなくなり…

完全に、油断していた


…何が幼馴染みだ


あいつのこと、全然分かって無かった

ギリ…ッと歯を食いしばり、俯く

「真緒」

俯き座る真緒の前に、誰かの気配を感じた

「…っ、!!」

ぱっと顔を上げると…

見慣れた人が、そこにはいた

「英治、兄ちゃん…!」

「よっ。なーに暗い顔してんだ」

笑顔で現れたのは、白衣を羽織った英治だった


一条英治(いちじょう えいじ)
彼は真緒の従兄弟にあたる、この病院に務める小児科ドクター

急患で真緒を見かけたという、英治の友達である山本楓(やまもと かえで)、オペ科のドクターから連絡を受け、来てくれたらしい

「…運ばれてきたのは、奈千ちゃんか」

真緒の隣に座る英治

「貧血で今日、保健室に居たんだけど…大丈夫だって、放課後、俺と一緒に部活見学に行ってて…その帰りに…」

「…そうか」

再び俯く真緒

どうしても、自分の責任感に囚われてしまい…

自分が情けなくて、許せなかった

「…大丈夫」

英治の言葉に、はっとする

「俺がいるから、うちの病院選んでくれたんだろう?

大丈夫。楓も居るし、他にも優秀なドクターは沢山いる

奈千ちゃんは、大丈夫だ」

“大丈夫”

その一言が、真緒の心をゆっくりと溶かした



あれから、何時間経ったのだろう

奈千がいる治療室のランプは消える気配が無く…

真緒を、より一層不安にさせた


「…っ、英治!真緒くん!」

遠くから、声がした

ゆっくりと顔を上げると…

窓の外はもう、日が沈んでいた

「千尋姉!」

「良かった、間に合って…遅くなっちゃってごめんね!真緒くん」

息を切らして走ってきたのは、神崎千尋(かんざき ちひろ)
この病院で看護師をしている、英治の彼女である

真緒も何度か顔を合わせたことがあり、知り合いが増えただけでも、真緒にとっては大きな安心感を与えた

「…それで、奈千ちゃんの方はどう?」

英治から連絡を受けたのだろう

仕事が終わったばかりなのか、ナース服のまま、駆けつけてくれた

「楓からの連絡はまだ無い…少し、時間がかかるらしい」

目を閉じたままの英治が呟く

「…真緒くん、大丈夫だからね!
私や英治、みんながついてるから…!」

千尋が真緒の両肩をしっかり掴み、顔を上げさせた時…

「奈千!!」

奈千の両親が、駆けつけた


奈千の両親は共働きで、お互い多忙なため…なかなか仕事が抜けられなかったという

「遅くなって申し訳ない。
…真緒、奈千は今どうなっている?!」

奈千の父親が真緒に詰め寄る

「落ち着いてください、智之(としゆき)さん」

英治がすっと前に出る

「…英治くん、うちの奈千は…」

涙目で声を震わせる母親の夏目(なつめ)

「…もうすぐ、出てくるのではと」

英治がそう告げた時ー…

ランプが、フッと消えた

「…っ、奈千!!!!」

真緒が叫んだのと同時に、重いドアが開く

「楓!奈千ちゃんはー…」

「…ご家族の方はいらっしゃいますか」

楓が、低い声色で出てくる

「…私たち、ですが」

「…中でお話があります、どうぞ」

智之と夏目を中に入れ…

扉は、再び固く閉ざされた

「……」

立ち上がっていた真緒は、ぺたんと力なく、その場に崩れる

「真緒くん!」

千尋が慌てて駆け寄る

「…嘘、だよな…?」

「…真緒、落ちつ…」

「落ち着けるか!!!!」

床に向かってめいいっぱい叫ぶ

「…英治兄ちゃん、奈千は…奈千は、本当に大丈夫なんだよな…?」

「…」

「…英治、にい、ちゃ……ん」

気付くと真緒は、大粒の涙を流していた

「…俺…おれ…まだ、あいつに…伝えてないこと…ある…のに…!!」

「真緒くん…」

真緒の声が、虚しく響いた
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