咲くはずだった花
衝突

第六話 衝突

「楓さん!!!!!!」

その日

真緒の顔色は真っ青だった

「…おや、酸欠かい?
顔が真っ青じゃん。真緒くん」

冗談交じりに小さく笑う楓

「…っ、そんな事どうだっていい!

あんた…奈千は!!一体どうなってるんだ!!!!」

バン!!!!と楓の居るデスクを叩き、詰め寄る真緒

「…君が見てきたままで、間違いないと思うけど」

一瞬きょとん、とした顔をした楓だがスッと元に戻る

「なっ…何でそんなに平然としていられるんだよ?!

奈千…あいつ、記憶、が…!!」

「…一時的な記憶障害なら、誰にだって起こり得る

しばらくしたら、じきに回復するよ」

「…本当ですか」

いまだ自分を睨み続ける真緒を少し引き離して、大きく頷く楓

「…それよりも。

君は彼女の異変には他に気が付かなかった?」

他の、異変…?

「…まだ何か、あるって言うんすか」

「…君、今何を見てきたわけ?」

楓の声が、ひどく冷たく突き刺さる

「確かに一時的な記憶障害からのショックが大きくて、他の所なんて目がいかなかっただろうね

…けど、すぐに気付いたはずだよ」

楓が真緒を見透かす

「…彼女の所に一緒に行こうか」

楓はそう言って席を立ち、真緒の手を引いて奈千の病室へと向かった


「…あ、せんせー……」

上体を起こしたベッドにもたれ掛かり、ぼんやりと外を眺めていた奈千

「調子はどう?…気分は悪くない?」

「はい。…大丈夫、です」

「…」

声や存在、そのものは

紛れもなく、奈千なのに…

どこか、全く知らない別人のような雰囲気がした

「…ちょっと申し訳ないんだけど、こっちの布団取って経過を見せてくれる?」

奈千の右側に立ち、奈千に掛けられていた布団を指さす楓

「あ、はい…」

奈千の承諾を得ると、楓はおもむろに布団を剥がす


「…っ、!!!!」

目を見開かずには、いられなかった

「痛むところはある?」

楓が真緒にお構いなく、奈千に優しく声をかける

「今は…どこも…」

「そう。…良かった」

奈千に笑顔を向けつつ、次の言葉は真緒に向けられる

「…分かっただろう?彼女の現状を」

「…っあ…あ…」

自分でも、血の気が引いたのが分かる

「…ありがとう。元に戻すね」

楓が奈千の布団を元に戻すと、真緒と共に部屋を出る

「…っ、…。」

真緒は、衝撃の大きさに固まっていた

「…彼女、今回の後遺症として右半身が麻痺してしまってね

感覚が麻痺しているから、どこかにぶつけたりしないように、右側はさっき見たようなクッションを入れたりと配慮はしている

…それに、あまり上手く喋れていなかっただろう?

それも、あれが原因だ」

…右半身が麻痺?

それじゃあ奈千は、これからどうやって生活していくんだ?

「恐らく、というか…彼女にはこの先、援助してくれる人が絶対条件なんだ

ご両親はまだ迷われているけど…
もしかしたら、何処かの施設に入れることも、視野に入れているらしい」

「なっ…施設?!」

楓の言葉にふっと我に返る真緒

「ご両親は共働きだそうだね

…家でみるというのも、なかなか大変なんだ。
だからそういう選択をする人も、少なくは無いよ」

「そんな…!」

それじゃあ奈千は、俺から離れていってしまうのか?

怪我をしたまま、

何もわからないまま、


自分の事を、忘れたまま…


「…だ」

「ん?」

「そんなの、絶対に嫌だ!!!!」

真緒は真っ直ぐに楓を見つめる

「いくらおばさん達がそう言おうが関係ない!

奈千は…あいつは俺が守るんだよ!!」

「…」

突然大声を出し、訴える真緒

そして

ゆっくりと、息を整えた

「…っあ、す、すみませ…」

はっと我に返り、慌てて訂正しようとするも、楓は表情を変えない

「…あのさ」

「っ、…?」

ふー…と大きくため息をつく楓



「…馬鹿じゃねーの、お前」



?!

楓の声色が、一気に低くなった

「俺が守る?…高校一年生のガキに?

言葉を選んで言ってもらえる?
そんな無責任なこと口走っといて、今のお前に何が出来るっていうんだよ」

「楓さ…」

射抜くような眼差しが、真緒を更に追い詰める


「…どれだけお前があの子に尽くそうが、所詮は“他人”だ

幼馴染みだのなんだの言っても、血の繋がっていないただの“他人”なんだよ」

「…っ、…!」


悔しい

悔しい、けど

楓さんの言ったことは正しい


楓さんの言う通り、俺と奈千は他人だ

血は繋がっていないけど…小さい時から、そばに居る

ただ、それだけだった


「…もうすぐ英治がこっちに来るだろうし、その辺で待ってな」

それじゃ、と楓は書類整理をするため部屋に戻った

「…」

俺…このまま思い出してもらえずに、あいつと離れ離れになるのかな

それに

もし仮に思い出したとしても、今まで通り、一緒に行動したりする事が難しくなるだろうし…


「それでも、守ってやりたいのに…」


自分の手に目を落とし、ぐっと歯を食いしばる




十六歳の自分の手は、

どうしてこうも小さいのだろう

大切なものがこんなに沢山あるのに

次々と、指の隙間からこぼれ落ちてしまう…


「…俺、どうしたらいんだよ…!」


とめどない涙が溢れ…

力なく、その場に座り込む真緒


「…っ、情けねえなぁ…もう…」


大事な人一人、守れないのか


「…なんで…なんで…っ、!!」


思わず感情が高まり、再び楓の元へと行こうとする

…が、


ーーーーパシッ、


「…っ、!!」

「…遅くなった、悪い」

力強く、後ろに腕を引かれて。

「英治、にいちゃ…」

「なあに泣いてんだよ。…男だろ?」

にっと口角を上げ、真緒の頭をくしゃくしゃと撫でる英治

「…ほら。帰るぞ」

「…うん」

真緒の行動が読めていたのだろう

手を差し出して、真緒を立たせる

「…」

あと数秒遅ければ…


間違いなく、楓と真緒は大喧嘩していただろう

「…危なかったな」

「?何か言った?」

「いや、こっちの話」

「ふうん…?」

苦笑いする英治とエレベーターに乗る真緒

「…ちょっと、休憩するか」

そう言って、病院を出て外にあるベンチに並んで腰掛ける

「…奈千ちゃん、大変だな」

「…楓さんから聞いたの」

「おう。…あいつも珍しく、考え込んでたよ」

「…楓さんが?」

不思議そうな真緒に、英治は笑いかける

「お前も奈千ちゃんも、楓にとって大事な人なんだよ」

そう言って、真緒の頭を撫でた

「…俺さっき、楓さんにめちゃくちゃ言われて。

やっぱり、今の俺じゃあまだ…」

それでもやっぱり、不安になる真緒

「…真緒」

「…」

「…真緒!」

「…っ、!」

英治の眼差しに熱を帯びる


「お前はこれから、どうしたいんだよ」

「どう、って…」

真っ直ぐに真緒を見つめる英治



「ーどうしたい、真緒」



結局その日、真緒にはその答えを出すことが出来なかった




rrr…

『…はい』

「お、出たでた」

『…何。用件無いなら切るよ』

「そう言うなって。…まだ仕事?」

電話の相手はすこぶる不機嫌だった

「…後悔でもしてんのか?」

『からかってんの?
…英治のくせに、生意気なんだけど』

けらけらと楽しそうな英治と相手はご機嫌斜め

「…あいつなら、大丈夫。
お前にキツく言われたくらいじゃ倒れねえ

倒れたとしても、また起き上がれるから」

『…そう』

まあ…あれだけ僕に大口叩いたんだし、そうでもなくちゃ困るよね

そう言うと、電話越しに聞こえていた声は途切れ…

ツーツー…と機械音だけが英治の耳に聞こえた

「…相変わらず、不器用なやつ」

ふっと笑うと、英治も眠りについた
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