冷徹社長の容赦ないご愛執
 だけど、そんなおとぎ話のようなことなんてあるわけない。

 バレてしまったからなのか、さっきから違和感だらけの日本語をとてつもなく自然にこぼしている社長。

 違和感と自然に混乱する頭を、ぱちぱちとまばたく瞼で覚まさせると、綺麗で大きな手のひらに重ねそうになった左手を、はたとして慌てて現実に引き戻した。


「あっ、ありがとうございます……!」


 ドアを開けていただいただけでも恐縮することなのに、その上ぬけぬけと社長に手を取らせエスコートまでしてもらおうなどとは、社会人の風上にも置けない部下だ。


「お前……」


 不躾な自分を反省しているそばから、社長は美麗な顔を不機嫌に歪めた。


「学習能力はないのか。俺に同じことを何回も言わせるな」


 夢見心地に気持ちよくなっていた心が、一瞬で凍りつく。


 ――『女は、男にもてはやされてこそ、価値のあるものなんだよ』


 差し出された社長の手を取ることより、それを拒否することのほうが、あちらの国の風習にならう男性に対しては圧倒的に無礼らしかった。
< 52 / 337 >

この作品をシェア

pagetop