常務の愛娘の「田中さん」を探せ!
Chapter5

*「大奥」の田中さん*


あさひ証券本店の一階は、フロア全体が店舗である。

自動ドアから入ってすぐの窓口カウンターには、営業部ファイナンシャル・(F)アドバイザー(A)課があるが、その向こうにある別の受付カウンターから奥は、実はまったく違う課だということを、店舗を訪れるお客様はご存知ないだろう。

その課の正式名称は「営業部 営業事務課」であるが、課長以外はすべて地元である東京エリア限定の総合職の女性社員で占められているため、あさひ証券では「大奥」と呼ばれている。

東京本社には営業事務本部が、大阪および名古屋支社に営業事務部があり、それらも同じような人員構成なので、やはり「大奥」と呼ばれている。

どこの大奥でも、縁故入社や身内が金融機関に勤務しているなどの条件を満たした者が配属されている。なぜなら、現金および契約書などの重要書類を保管する金庫のすぐ(そば)で勤務する部署だからだ。なので、大奥の受付カウンターから内へ入るためには社員ID以外に特別なIDカードが必要である。

そして、発行されるのは原則として大奥に仕えている「奥女中(事務職)」だけである。例えば、同じ営業部であっても営業職(セールス)には発行されないため、営業部長や課長であっても大奥には立ち入ることはできない。

営業事務課が「大奥」と呼ばれる所以(ゆえん)はそれだけではない。

営業職(セールス)が作成する書類や伝票類を最終的に管理する部署なので、やたら完璧主義でチェックが厳しい。記載された内容の吟味はもちろん、押印された印影が不鮮明か否かの判定など、事務職(奥女中)たちは日々重箱の隅をつつく業務に励んでいる。

だから、営業職(セールス)はあまり快く思っていないのだが、そんなことを口はおろか顔にでも出して事務職(奥女中)の方々の逆鱗に触れれば、今後どんな苦難が待ち構えているかしれやしない。

「触らぬ『大奥』に祟りなし」ということで、逆らうことはだれも望んではいないし、また、ありえないことなのである。

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