それでもあなたを愛してる
番外編~伊藤七菜side~

秘書課は朝から真崎くんの話題で持ちきりだった。

一年間、植物状態となっていた彼が会社に復帰してくることになったからだ。


「皆さん、長い間ご心配をおかけしました。本日からまたお世話になります。どうぞお宜しくお願いします」

かつて愛した男の眩しい笑顔。
思わず涙が込み上げてきた。


………


真崎圭吾
彼とは入社当時から仲が良く、よく仕事帰りに二人で飲みに行ったりもしていた。

だから、当時は彼を好きな女子社員達からよく訊かれた。

真崎くんとはどういう関係なのかと、
その度に私はこう答えた。

“彼とはただの飲み友達よ。彼にはちゃんと他に彼女がいるわ”と。

そう。
私は真崎くんを好きだったけれど、彼にはいつも彼女がいたのだ。

ただ、どの彼女にも大して執着がなく、束縛されたり、私との仲を疑われ始めると、面倒くさくなるのかすぐに別れを切り出していた。

そんなことを繰り返す彼に、私はだんだん期待するようになった。
彼はまだ自覚してないけれど、彼女よりも優先される私は彼にとって特別な存在なんじゃないだろうかと。
だから、しばらく“仲の良い飲み友達”を装って、チャンスを狙うことにしたのだ。

ところが、ある日。
彼は社長に呼び出され、“お嬢様の話し相手”という任務を任されてしまった。

『休みの日に大変ね』

私の言葉に『ほんとだよな』と始めは愚痴をこぼしていた彼だったけど、だんだんとお嬢様のことを楽しそうに話すようになった。

そして、いつの間にか、“佐奈ちゃん”から“佐奈”に変わり、とうとう彼女の告白にまで応じてしまった。

『社長のお嬢様となんか付き合って大丈夫なの? いつもみたいに別れたくなったらどうする気?』

心配する私に、彼はこう答えた。

『本気だから大丈夫だよ。この先、彼女を手放す気なんてないから』

彼は自信たっぷりに言ったけど、そう長くは続かないだろうと高をくくっていた。
何故なら、お嬢様が私と彼の関係にヤキモチを妬くようになったからだ。

彼はきっと、いつものように面倒くさがるに違いない。

けれど、期待は見事に裏切られ、切り捨てられたのは私の方だった。

『悪い、伊藤。もう二人で飲みに行ったりするのは終わりにさせて。伊藤とは気の合う飲み友達だって説明したけど、佐奈に泣かれちゃったからさ』

もう、彼にはお嬢様しか見えていなかった。

それ以来、彼の心はずっとお嬢様のものだった。
まあ、初めから私のものではなかったのだけど。

こうして、私の二年に及ぶ片想いは、呆気なく終わりを迎えたのだった。

それから、二年の月日が流れ。
彼のことも、ようやく吹っ切ることができた頃。
突然、彼から打ち明けられた。

『脳腫瘍で余命半年だと言われてさ…佐奈に気づかれないように別れようと思う。申し訳ないけど、暫く俺の恋人のフリをしてくれないか? このことは社長も承諾済みだから』

初めは何を言われたのか、理解できなかった。
余命半年……。
あまりにも衝撃的過ぎて。

大好きだった彼が死んでしまう。
ショックで涙が止まらなかった。

結局、引き受けたものの、それは想像以上に辛い日々だった。

お嬢様の幸せの為にどんどんやつれていく彼。

そんな彼を近くで見ているのは、本当に苦しかった。
だから、お嬢様から早く離れて欲しかった。
お嬢様にも彼を早く吹っ切って欲しかった。

彼には自分のことをもっと大事にして欲しかったのだ。

そんな思いもあって、私は婚約パーティーの前日、わざわざ彼のスマホに出て、お嬢様を傷つけるような事をしたのだけれど。

すぐに罪悪感でいっぱいになった。
だからその罪滅ぼしに、せめて彼の婚約指輪をお嬢様の指に嵌めてあげようと、パーティーの日にこっそり控室に忍び込んだ。

けれど、既に指輪は隠されていて、お嬢様達は会場の前で困っていた。そんなお嬢様に声をかけ、私は無理やり指輪を貸したのだった。

お嬢様には辛い思いをさせてしまったと思うけれど、全ては愛する男の為だった。

そんな中、事件は起きた。
西島さんのストーカーがお嬢様を襲おうとしたのだ。

そんなお嬢様を庇って、身代わりに刺されたのは、病院を抜け出していた彼だった。

幸い命にかかわるような怪我ではなかったけれど。
もう、私には黙っていることができなかった。

彼にはお嬢様が必要だ。
そして、お嬢様にも彼が必要だと思った。

お願い…彼を助けて。
私じゃ、ダメだから。

そして、私は思いの全てをお嬢様に託したのだった。





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