揺蕩うもの
「そんなこと、あるんですか?」
紗綾樺さんの問いに、僕の頭はさらに混乱する。この問いは、どこにかかってるんだ? 心が読める紗綾樺さんだからこそ、僕は返答に詰まった。
この問いの形からすると、超ウザい男の線は違うだろう。だとすると、告白を繰り返す相手? えーと、迷惑だったかなってのも違うはずだ。とすると、紗綾樺さんが一番大切だって部分か? それとも、もしかして、崇君の事なんてどうでもいいって言った事か? わからない、せめて、もう少しヒントが欲しい。じゃないと、今度こそ取り返しがつかない地雷を踏んでしまう気がする。
「地雷、日本にも埋まってるんですか?」
「えっ! 地雷? 日本にあるのは魚雷くらいじゃないですか?」
訳の分からない会話をした瞬間、再び思考が取り留めもなく漏れていることを思い知る。
「地雷も、魚雷もどうでもいいんです。僕が知りたいのは、紗綾樺さんの質問がどういう意味かってことで・・・・・・」
完全に、人の話を聞かない男になってる気がする。
「崇君の命より、私の健康の方が心配だなんて、そんなこと、あり得るんですか?」
最悪のパターンの質問だ。ここで、『はいそうです』と答えたら、非道な男になるし、『崇君の命の方が大切だ』と答えたら、いままでの自分の発言が全部嘘になる。でも、ここで紗綾樺さんの健康の方が大事だと言わなければ、僕はきっと一生後悔する。
「僕には、紗綾樺さんの健康の方が大切です。だからと言って、崇君の命が大切ではないという意味ではありません。でも、崇君と紗綾樺さんが崖から落ちかけていたとしたら、僕は紗綾樺さんを助けます。確かに、崇君のお母さんにとっては、崇君はかけがえのないものでしょうけれど、僕と宗嗣さんにとって、紗綾樺さんは同じくかけがえのないものだからです。だから、綺麗ごとで人の命の重さに重いも軽いもないなんて言いません。僕個人にとっては、紗綾樺さんの命の方が崇君の命よりも、はるかに大切です。確かに、警察官としては、優先するのは女性と子供。どちらか一方だったら、体力のない子供を助けて、それから女性になるでしょう。でも、僕の目の前で紗綾樺さんと崇君が落ちかけていたら、紗綾樺さんを助けて、それから崇君です。もし、それで崇君を助けられなかったとしても、僕は紗綾樺さんを助けられたことを幸運だと思います。もちろん、崇君を見捨てたと非難されることになっても、その非難は甘んじて受け入れます。それで、警察をやめないといけなくなったとしても後悔はしない。崇君の家族に申し訳ないと謝ることはできても、紗綾樺さんを助けられなかったら、宗嗣さんに合わせる顔がありません」
一気に言うと、僕は紗綾樺さんの返事を待った。
紗綾樺さんは呆れているだろうか? それとも、困っている?
しばらくの沈黙の後、逸らされていた視線が再び合わされた。
「宮部さんは、私の事が気持ち悪くないんですか?」
えっ? 質問の意味が分からず、一瞬、答えに窮する。
「私みたいに、狐憑きとか、半妖とか言われて、宮部さんの考えていることがわかるような力があるのに。宮部さんは気持ち悪くないんですか?」
ゴール手前で意気揚々とサイコロを振ったら、止まった目が『ふりだしに戻る』だったような、足元が音を立てて崩れていくような錯覚に襲われる。
「宗嗣さんの前で約束したじゃないですか。僕は、紗綾樺さんの力を信じていて、その力ごと紗綾樺さんを受け入れたいって」
「それは、捜査協力するためのお芝居で、私が兄には交際していることにしてくださいって頼んだからでしょう」
「確かに、紗綾樺さんがそう言ってくれなければ、僕が宗嗣さんに交際の許しを貰うまで、もっと何ヶ月もかかっていたと思います。でも、それは時期の問題で、僕の気持ちに変わりはありません」
「どうして、私を好きになれるんですか? 私の事、ほとんど何も知らないのに」
「一目惚れです。たぶん、最初に占ってもらった日、紗綾樺さんが受付最後の札を渡しに姿を現したときから、僕は紗綾樺さんが好きだったんです」
我ながら、少し説得力に欠けると思いながらも、あの時、紗綾樺さんを可愛いと思ったことは嘘ではない。
「本当に私の事、怖いとか気持ち悪いとか、気味悪いとか思わないんですか?」
きっと、紗綾樺さんは大勢の人を助けたのに、沢山の酷い言葉を浴びせかけられてきたんだろう。好きだとか、大切だとか、そんな言葉を並べられたくらいでは、信じられないくらいに。
「思いません。たまたま僕が好きになった紗綾樺さんに、特別な力が備わっているだけです。それは、特別なもので、僕にとっては忌み嫌うようなものではないです」
断言できる。紗綾樺さんが持っている力は、紗綾樺さんに与えられた神様からの贈り物で、決して禍々しいものではない。もし、この力が禍々しいものだとしたら、紗綾樺さんも宗嗣さんも、力を隠そうとはせず、もっとお金儲けや犯罪まがいの事に利用しているはずだ。こんな風に、力を畏れたりしていないはず。
「宮部さんが、私の事を本当に好きになってくれるって言うんですか?」
紗綾樺さん、その質問は間違いです。僕は、何度も言ってますけど、もう紗綾樺さんが好きなんです。
僕は心の中で叫んだ。
「好きです。これから好きになるんじゃなくて、僕は紗綾樺さんが好きなんです」
なんで、ここで中学生みたいに『好き』とか言ってるんだ。ここは、大人の男らしく、どーんと『愛してる』宣言しちゃえばいいのに。愛の押し売りで嫌われるのが怖くて、そこまでは踏み出せない自分がいる。
「もし、私が崇君を見つけられなくても、何の手掛かりも見つけられなくても、好きでいてくれますか?」
なぜだ! 僕は頭を抱えたくなる。もういい加減、崇君の事は忘れてくれと叫びたい。
「当然です。逆に紗綾樺さんが、僕が崇君を助けられなかったら嫌いになると言ったら困りますが、紗綾樺さんが崇君を見つけられなくても、それは仕方がない事です。第一、崇君を見つけるのは警察の仕事です」
僕はきっぱりと言い切った。
「宮部さんは、崇君を探すために私をデートに誘ったんじゃないんですか?」
「違います。僕は、紗綾樺さんと友達以上になりたいから、デートに誘ったんです。だって、友達が一緒に出掛けるのは、デートとは言わないですから」
僕の言葉に、感情の表れない紗綾樺さんの頬が少し染まる。
「じゃあ、今日は、デートなんですね」
紗綾樺さんは俯き加減で、きもち声も少し恥ずかしそうな声になっている。
「紗綾樺さんが、僕が相手じゃ嫌だって言うのでなければ、デートです」
ここで、嫌だと言われたって、紗綾樺さんを諦めるつもりはないけれど、デートでなくても今日の所は一緒に遊びに来たんでもかまわない。
「そのチケット、まだ使えるんですか?」
紗綾樺さんの言葉に、僕はほとんど握りつぶしてしまったワンデーパスに目をやる。
「使えますよ。大丈夫です」
ここでは見せるだけだから、改札機に通すわけではない・・・・・・。あれ、入り口は改札機だったっけ?
「じゃあ、デートしたいです」
紗綾樺さんは消え入りそうな声で言った。
「じゃあ、行きましょうか」
僕は言うと、紗綾樺さんに手を差し出した。
紗綾樺さんは僕の手を取ると、ゆっくりと立ち上がった。
「じゃあ、こっちです」
僕は紗綾樺さんの先に立ち、入園ゲートを目指して歩き出した。
☆☆☆
紗綾樺さんの問いに、僕の頭はさらに混乱する。この問いは、どこにかかってるんだ? 心が読める紗綾樺さんだからこそ、僕は返答に詰まった。
この問いの形からすると、超ウザい男の線は違うだろう。だとすると、告白を繰り返す相手? えーと、迷惑だったかなってのも違うはずだ。とすると、紗綾樺さんが一番大切だって部分か? それとも、もしかして、崇君の事なんてどうでもいいって言った事か? わからない、せめて、もう少しヒントが欲しい。じゃないと、今度こそ取り返しがつかない地雷を踏んでしまう気がする。
「地雷、日本にも埋まってるんですか?」
「えっ! 地雷? 日本にあるのは魚雷くらいじゃないですか?」
訳の分からない会話をした瞬間、再び思考が取り留めもなく漏れていることを思い知る。
「地雷も、魚雷もどうでもいいんです。僕が知りたいのは、紗綾樺さんの質問がどういう意味かってことで・・・・・・」
完全に、人の話を聞かない男になってる気がする。
「崇君の命より、私の健康の方が心配だなんて、そんなこと、あり得るんですか?」
最悪のパターンの質問だ。ここで、『はいそうです』と答えたら、非道な男になるし、『崇君の命の方が大切だ』と答えたら、いままでの自分の発言が全部嘘になる。でも、ここで紗綾樺さんの健康の方が大事だと言わなければ、僕はきっと一生後悔する。
「僕には、紗綾樺さんの健康の方が大切です。だからと言って、崇君の命が大切ではないという意味ではありません。でも、崇君と紗綾樺さんが崖から落ちかけていたとしたら、僕は紗綾樺さんを助けます。確かに、崇君のお母さんにとっては、崇君はかけがえのないものでしょうけれど、僕と宗嗣さんにとって、紗綾樺さんは同じくかけがえのないものだからです。だから、綺麗ごとで人の命の重さに重いも軽いもないなんて言いません。僕個人にとっては、紗綾樺さんの命の方が崇君の命よりも、はるかに大切です。確かに、警察官としては、優先するのは女性と子供。どちらか一方だったら、体力のない子供を助けて、それから女性になるでしょう。でも、僕の目の前で紗綾樺さんと崇君が落ちかけていたら、紗綾樺さんを助けて、それから崇君です。もし、それで崇君を助けられなかったとしても、僕は紗綾樺さんを助けられたことを幸運だと思います。もちろん、崇君を見捨てたと非難されることになっても、その非難は甘んじて受け入れます。それで、警察をやめないといけなくなったとしても後悔はしない。崇君の家族に申し訳ないと謝ることはできても、紗綾樺さんを助けられなかったら、宗嗣さんに合わせる顔がありません」
一気に言うと、僕は紗綾樺さんの返事を待った。
紗綾樺さんは呆れているだろうか? それとも、困っている?
しばらくの沈黙の後、逸らされていた視線が再び合わされた。
「宮部さんは、私の事が気持ち悪くないんですか?」
えっ? 質問の意味が分からず、一瞬、答えに窮する。
「私みたいに、狐憑きとか、半妖とか言われて、宮部さんの考えていることがわかるような力があるのに。宮部さんは気持ち悪くないんですか?」
ゴール手前で意気揚々とサイコロを振ったら、止まった目が『ふりだしに戻る』だったような、足元が音を立てて崩れていくような錯覚に襲われる。
「宗嗣さんの前で約束したじゃないですか。僕は、紗綾樺さんの力を信じていて、その力ごと紗綾樺さんを受け入れたいって」
「それは、捜査協力するためのお芝居で、私が兄には交際していることにしてくださいって頼んだからでしょう」
「確かに、紗綾樺さんがそう言ってくれなければ、僕が宗嗣さんに交際の許しを貰うまで、もっと何ヶ月もかかっていたと思います。でも、それは時期の問題で、僕の気持ちに変わりはありません」
「どうして、私を好きになれるんですか? 私の事、ほとんど何も知らないのに」
「一目惚れです。たぶん、最初に占ってもらった日、紗綾樺さんが受付最後の札を渡しに姿を現したときから、僕は紗綾樺さんが好きだったんです」
我ながら、少し説得力に欠けると思いながらも、あの時、紗綾樺さんを可愛いと思ったことは嘘ではない。
「本当に私の事、怖いとか気持ち悪いとか、気味悪いとか思わないんですか?」
きっと、紗綾樺さんは大勢の人を助けたのに、沢山の酷い言葉を浴びせかけられてきたんだろう。好きだとか、大切だとか、そんな言葉を並べられたくらいでは、信じられないくらいに。
「思いません。たまたま僕が好きになった紗綾樺さんに、特別な力が備わっているだけです。それは、特別なもので、僕にとっては忌み嫌うようなものではないです」
断言できる。紗綾樺さんが持っている力は、紗綾樺さんに与えられた神様からの贈り物で、決して禍々しいものではない。もし、この力が禍々しいものだとしたら、紗綾樺さんも宗嗣さんも、力を隠そうとはせず、もっとお金儲けや犯罪まがいの事に利用しているはずだ。こんな風に、力を畏れたりしていないはず。
「宮部さんが、私の事を本当に好きになってくれるって言うんですか?」
紗綾樺さん、その質問は間違いです。僕は、何度も言ってますけど、もう紗綾樺さんが好きなんです。
僕は心の中で叫んだ。
「好きです。これから好きになるんじゃなくて、僕は紗綾樺さんが好きなんです」
なんで、ここで中学生みたいに『好き』とか言ってるんだ。ここは、大人の男らしく、どーんと『愛してる』宣言しちゃえばいいのに。愛の押し売りで嫌われるのが怖くて、そこまでは踏み出せない自分がいる。
「もし、私が崇君を見つけられなくても、何の手掛かりも見つけられなくても、好きでいてくれますか?」
なぜだ! 僕は頭を抱えたくなる。もういい加減、崇君の事は忘れてくれと叫びたい。
「当然です。逆に紗綾樺さんが、僕が崇君を助けられなかったら嫌いになると言ったら困りますが、紗綾樺さんが崇君を見つけられなくても、それは仕方がない事です。第一、崇君を見つけるのは警察の仕事です」
僕はきっぱりと言い切った。
「宮部さんは、崇君を探すために私をデートに誘ったんじゃないんですか?」
「違います。僕は、紗綾樺さんと友達以上になりたいから、デートに誘ったんです。だって、友達が一緒に出掛けるのは、デートとは言わないですから」
僕の言葉に、感情の表れない紗綾樺さんの頬が少し染まる。
「じゃあ、今日は、デートなんですね」
紗綾樺さんは俯き加減で、きもち声も少し恥ずかしそうな声になっている。
「紗綾樺さんが、僕が相手じゃ嫌だって言うのでなければ、デートです」
ここで、嫌だと言われたって、紗綾樺さんを諦めるつもりはないけれど、デートでなくても今日の所は一緒に遊びに来たんでもかまわない。
「そのチケット、まだ使えるんですか?」
紗綾樺さんの言葉に、僕はほとんど握りつぶしてしまったワンデーパスに目をやる。
「使えますよ。大丈夫です」
ここでは見せるだけだから、改札機に通すわけではない・・・・・・。あれ、入り口は改札機だったっけ?
「じゃあ、デートしたいです」
紗綾樺さんは消え入りそうな声で言った。
「じゃあ、行きましょうか」
僕は言うと、紗綾樺さんに手を差し出した。
紗綾樺さんは僕の手を取ると、ゆっくりと立ち上がった。
「じゃあ、こっちです」
僕は紗綾樺さんの先に立ち、入園ゲートを目指して歩き出した。
☆☆☆