お願い!嫌にならないで



そして、今に至る。

窓際の席で向かい合ったまま、沈黙の状態が続く。



「いい加減に、離してください。あと、電話するって言って、全然してくれないんですね。堤さんに大迷惑です。私が電話してきます。だから、離して」



すると、田中さんがククッと喉を鳴らした。



「そんなに、逃げたい?」

「ええ。今すぐにでも」

「じゃあ、尚更、離せないなぁ」



ゾワゾワする背筋どころか、胃や肺、心臓など身体の内側からも不快感が押し寄せる。

振りほどこうとしても、びくともしない。

この人と繋がっている自分の手を見て、本気で泣きそう。

デートで始めて辻さんと繋いだ、この手。

――嫌だなぁ……。

気付いたら、テーブルの上に雫が落ちていた。

2粒、3粒……次々に落ちていく。

悔しくて、気持ち悪くて、本当は怖くて仕方がなくて、約束していた堤さんには申し訳無くて……。

いろんな感情が渦巻いて、自分でも訳が分からなくなる。

そして、もう1つ考えたこと。

――辻さんに、今すぐ会いたい。

会社を出る前、せっかく辻さんが気遣って言ってくれたのに。

『いや、あの……俺、一緒に行きましょうか』

あの時、私が素直になって、ついて来てもらっていたら。

きっとこんなことには、なっていなかっただろう。

辻さんにも仕事があるかもしれないと思って、断ってしまったけど、本当は嬉しかった。

心配してくれていることなら、表情から分かっていた。

どうして辻さんは、あんなに優しいんだろう。

とっくに解決している疑問が、また浮かぶ。

告白された日、どうして私にそこまでしてくれるのか、と聞いたら、辻さんは包み隠すこと無く「下心だ」と素直に答えた。

あんなにストレートに自分の本心を言える人に、初めて会った。

感動した。

そんな人も居るんだ、って。

今、この人に似たようなことを聞いたら、何と答えるのだろう。

確かめてみたい。

深呼吸をした。


< 176 / 239 >

この作品をシェア

pagetop