黎明皇の懐剣

十三.麟ノ国第二王子セイウ(弐)



「放せカグムっ、放せ!」

 広間の騒動は都の路地裏に身を潜めていたティエン達にも、しかと届いていた。

「落ち着いて下さい。ティエンさま」

「これが落ち着ける事態か! ユンジェがっ、このままではユンジェがセイウ兄上にっ」

 カグムに押さえつけられるティエンは、とても、とても後悔していた。
 なぜ、あの時、嫌がるユンジェに賛同してやらなかったのだろう。説得に回るのではなく、同意していれば、こんな事態は招かなかったのに。

 ああ、まさか南の紅州に麟ノ国第二王子セイウがいるとは。
 あれは我儘な男。狡い男。そして動くことを嫌う男。王都と東の青州を行き来する以外、あまり外には出ないというのに。

 大通りの方に耳を傾けると、行き交う王族の兵が騒いでいる。麟ノ懐剣を抜く子どもが現れた。麒麟の使いが見つかった。セイウさまの時代が来るやもしれない――と。

 兄の懐剣を抜いたために、ユンジェが連れて行かれてしまう。何が遭っても、手放さないと約束したのに。

「申し訳ございません、ティエンさま。大口を叩いておきながら、この不始末。すべて俺に責がございます」
    
 片膝をついて、深く頭を下げてくるハオに目もくれず、ティエンは広間へ続く道を睨む。今すぐ、あの子の下に行きたい。兄から家族を取り戻したい。


「ティエンさま、どうか冷静な心をお持ち下さい。乱した心では、ユンジェは取り戻せません」


 カグムの諫めすら苛立ちの種となる。言われなくとも分かっている。けれども、相手は半分血を分けた兄。あれの獰猛さは誰よりもティエンが知っている。
 ティエンは拳で石壁を叩きつけ、身を震わせた。

「カグム、貴様とて分かっているだろう。セイウ兄上は歪んだ贅沢と、欲望をお持ちだ。金で買える物に飽きがきている兄上は、職人に宝石で花を作らせた。像が欲しくなると金銀でそれを彫らせ、地図が見たくなると織物で麟ノ国を描かせたこともある」

 それだけではない。

 美しい歌声を持つ女の噂を聞けば、宮殿に軟禁し、喉が潰れるまで歌わせ続けた。

 世にも珍しい色の髪を持つ人間がいると聞けば、その髪の束を切って、持ち主を惨殺した。他の誰かに髪が渡らないように。

 他国に木の精の彭侯(ほうこう)がいると聞けば、母に頼んで何百人の兵を動かした。

 セイウはたいへん欲深い。
 欲しいものは、どんな手を使っても手に入れる。

 なにより、あの男は優越感と快感に浸りたいのだ。国のどこを探しても、一つしかない物を己が持っている、その気持ちに酔い痴れたいのだ。

 麒麟の使いのユンジェはまさしく、彼の対象となる者。ここで奪い返さなければ、収集物(コレクション)にされてしまう。

「セイウ兄上の手に落ちれば、人間の尊厳をすべて奪われる。あの子は本当にただの物となり、人間ではなくなってしまうっ! 心を壊されてしまうっ!」

 ティエンの訴えにカグムが少しばかり、言葉を詰まらせる。彼もまた、セイウの歪んだ姿を知っているので、返す言葉に困ってしまったのだ。

 見かねたハオが横から口を挟む。

「そんなに、ひどいのか?」

「ああ。セイウさまが、単に贅沢者であるなら、どれだけ救われるか。あの方の欲には底がなく、それが国に一つしかない珍しい物であれは、赤子ですら収集物(コレクション)とする。邪魔な親を殺してな」

 ふたたび通りの方から、騒々しい声が聞こえた。

「子どもが麒麟の首飾りと、懐剣を持っていたそうだ。都に第三王子ピンインが潜伏している。探せ、見つけ次第、始末しろとのお達しだ」

 ティエン達の身が強張る。
 それはティエンの存在と、子どもが第三王子ピンインの懐剣であると知らせるものであった。
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