黎明皇の懐剣


 でなければ、さみしいではないか。巻き込んでごめん、と思われ続けるなんて。一緒に頑張りたい気持ちが、じつは一方通行だなんて。

 赤裸々に胸の内を語り、リオに力なく微笑む。

「俺がリオなら、ジセンに対して腹立たしいやら、歯がゆいやら、さみしい思いを抱くよ」

 もちろん、彼らの気持ちが分からないでもないが、後悔したって現状は変えられないのだ。そういう気持ちは捨てて欲しいもの。

「今の俺達にできることは、信用してもらえるまで徹底的に張り付くことだ」

「張り付く?」

「そっ。俺、絶対にあいつを一人にしないって決めてるんだよ。追われる身になろうが、旅を強いられようが、二人でなんとかやっていくって決めている」

 こういうものは、粘ったもん勝ちだとユンジェは思っている。
 否応なしでも傍にいて、一方的の思いを相互的な思いに変えてやるのだ。ユンジェはティエンと違い、辛抱強い。粘り強さには自信がある。

「リオもジセンにしつこく張り付いちまえ。何を言われようが、私は貴方の奥さんなんだから、一緒に乗り越えていくのっ! 十五がなによ! 私をお嫁に貰ったのはそっちなんだから、一緒に生きる覚悟を決めなさい! ってな具合にな」

 リオがおかしそうに笑いを噛み締めた。

「なんだかユンジェが言うと、物騒に聞こえる。それじゃあ、まるで喧嘩を売っているようよ」

「頓珍漢共にはそれくらいの負けん気がねーと、やってられねーぜ?」

「そうね。私、頑張る。信用してもらえるまで、しつこく傍にいるわ。ユンジェに応援してもらっているんだから、死ぬ気で頑張らないと」

 それでいいのだ。
 ユンジェは目尻を和らげ、編みかけの藁田を見つめた。

 リオは良い旦那さんを見つけたのだから、良い人生を歩むべきなのだ。彼女の家が苦労していたことは、幼い頃から目にしている。
 だからどうか、幸せになって欲しい。ジセンはユンジェに持っていないものを、たくさん持っている。

「私、ちょっとお母さんの下に行って来るね。それから馬小屋にも寄ってくる。餌をあげてこなきゃ。ついでに、藁も持ってくる」

「助かるよ。そろそろ尽きそうだったから」

 早足で養蚕所を出て行く彼女は、外壁に差している松明を手に取って、生活の場としている平屋の方へ向かう。その際、振り向き、ユンジェを呼んできた。

「あのね。ユンジェ」

 目を泳がせ、言葉を選んでいる彼女は、やがて曖昧に微笑む。


「貴方のお嫁さんになる人は、とびきり幸せ者になると思うの。私が保証するわ」


 間の抜けた声を出してしまう。何を突然。

「だってユンジェはしっかり者で、手先も器用で、頭も良いから。ユンジェを幸せにしてくれるお嫁さんに出逢うまで、決して死んではだめよ。決して」

 微笑みが笑顔に変わった。それは、まぎれもなくリオの本音なのだろう。

「……お嫁さんって言われてもなぁ」

 残されたユンジェは口を曲げていた。眉間に皺を寄せ、やきもきもしていた。妙に叫びたくもなった。
 なんだろう、この悔しいような、放っておけと怒鳴りたくなるような、むしゃくしゃした気持ちは。

 いや、正体なんぞ、ハナッから分かっている。

「いまの俺がお嫁さんなんて貰えるかよ。持ち家も畑もねーのにさ」

 藁田を脇に置くと、頭の後ろで腕を組み、その場で寝転がる。自分自身には休憩だと言い聞かせているが、誰がどう見ても、ユンジェは拗ねていた。

(ま、最初から無理なのは分かっていたけどさ)

 たとえ持ち家や畑が残っていたとしても、あの暮らしでは簡単にお嫁さんなんぞ貰えないだろう。

 ユンジェの家は大変貧乏であった。
 明日食べていくのがやっとだった。誰が嫁ぎたいと思おうか。子ができても、それに満足に食べさていけるか、どうかも分からないのに。

(お嫁さんは夢のまた夢だな。お尋ね者である限り)

 でも、べつにいいのだ。自分にはかけがえのない兄がいる。それで十分だ。

    
< 96 / 275 >

この作品をシェア

pagetop