私の上司はご近所さん

「ゆっくり休んでくださいね」

「ありがとう」

「いえ、こちらこそ本当にありがとうございました」

沙也加さんに声をかけながら、ふたりが食堂に入るのを見届ける。

さて、休んでいた分もがんばらなくちゃ!

気合いを入れると、食堂の引き戸がガラガラと音を立てた。振り返った先に見えたのは、まさかの部長だ。

「ひとりで大丈夫か?」

私を心配してくれる部長の優しさがうれしくて、つい頬が緩んでしまう。

「はい。ここは私ひとりで大丈夫ですから、部長は沙也加さんと一緒にお昼を食べてください!」

今の時刻は午後二時過ぎ。部長も沙也加さんもお腹が空いているはずだ。

口もとを引き締めると部長の背後に回る。そして広く大きな彼の背中に手をあてると力を込めた。部長の足が一歩、二歩と前に進む。

「わかった。わかった」

私の言うことを素直に聞き入れてくれた部長に安堵して、彼の背中から手を離す。すると、部長がクルリと私に向き直り、腰を屈めた。

「その浴衣、とても似合っている。綺麗だよ」

予告なしに耳もとでささやかれた甘い褒め言葉は心臓に悪い。

「あ、ありがとうございます」

胸がドキドキと高鳴る中お礼を言うと、部長がクスッと笑った。

紺地に白と紫の朝顔が描かれている浴衣を新たに購入したのは、いつもと違う私を部長に見てもらいたかったから。

『かわいいよ』ではなく『綺麗だよ』と褒めてくれたことがとてもうれしくて、浴衣を新調してよかったと心から思った。

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