PMに恋したら
泣いてばかりいる猫ちゃん
◇◇◇◇◇



総務課の社員が出先から徐々にフロアに戻り始めた夕方のことだった。

「また古明橋駅の近くで通り魔が出たらしいです!」

「え?」

フロアの社員が一斉に入り口の課長を見つめた。

「駅の周辺は警察官やマスコミですごい人です」

出先から戻った課長はコートも脱がずに慌ててパソコンの前に立ちキーボードを乱暴に打つと、ネットでニュース映像を映した。尋常じゃないその様子に何人かの社員は課長のデスクに集まった。課長に釣られてあっちこっちのデスクでニュース映像を再生する音が聞こえる。
私も検索サイトで『古明橋 通り魔』のワードを打ち込み検索すると、数時間前の事件の動画が何件もヒットする。クリックした一件のニュースに耳を傾けた。

『今日午後1時半頃、中央区古明橋駅近くの路上で四十代の会社員の男性が後ろから来た男に腕を切りつけられました。切りつけた男は逃走しました。会社員の男性は軽傷です。警察は先日の事件と同一犯による犯行とみて、逃げた男の行方を追っています。』

短い速報だけでも事の重大さを語るには十分だった。古明橋に以前にも通り魔が出没したのは記憶に新しい。

背中から寒気を感じた。両腕で自分の体を抱くとブラウスの袖から覗く手首に鳥肌が立っていた。再び古明橋に出没してまだ捕まらず逃走を続ける通り魔。白昼堂々と犯行に及んでいる大胆さが怖い。

次に狙われるのは私かもしれない。
そう思わずにはいられない。古明橋に勤めているのだから被害に遭う確率は高い。すれ違う誰かに突然刺されるかもしれないのだ。腕の力が自然と強くなり、恐怖で顔が歪んだ。

けれどそれは私だけではなかった。課長のデスクでパソコンを見つめる丹羽さんは不安そうな顔をしていたし、女性社員どころか男性社員も絶句していた。前回の被害者は女性と男性、そして今回も男性だ。被害に遭うのは無差別なのだろう。自分だけは大丈夫だなんて思えない。

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