棘を包む優しい君に
 久しぶりにオヤジに呼び出され社長室に向かった。

 昨日の女の対処があれではまずかったのかもしれない。
 やはり記憶を消すべきだったのか。

「やぁ。おはよう。健吾。
 さっそくだけど本題だよ。
 番いは見つけたかい?」

 またか。
 最近は言わないからやっと諦めたのかと…。

「いいや。まだだ。
 俺は必要に思ってないから。」

「それでも困るだろう?
 健吾はここでしか暮らしたことがないのだから。
 だから父さんが考えてやったぞ。」

 また余計なおせっかいを…。

 出てきそうなため息を噛み潰す。
 楽しそうなオヤジの気分を害すると後でもっと面倒なことになるのを長年の生活で心得ていた。

「昨日のお嬢さんを番いにしてはどうだ。
 正体を知っても動じてないし、健吾を見ても誘う素振りも見せない。
 何より我が社に入ったのに社長の息子の顔も知らない。」

 最後のは逆に問題あるだろ。

 なかなか続かない受付の奴ら。
 早々に何かを感じ取って辞める者。
 上の階の奴らに色目を使って辞めさせられる者。
 もちろん次期社長の肩書に目が眩んで迫ってくる奴は即刻クビにしていた。

 しかし昨日の女は俺のことを全く知らないようだった。
 社長の息子が頃合いの年頃だと分かっていて入社しているのなら吐き気がしたところだ。

 あいつは…変わってる。

「そしてもちろん調べによると番いの条件はクリアしているのだよ。
 だから健吾の番いにしなさい。」

「………。」

 だから、だから嫌なんだ。
 クソオヤジは…。

「番いになれれば願ってもないことだし、もし無理なら見限ったところで記憶を消してくれるかな。
 不安因子は早めに取り除いておかなきゃね。」

 そっちか…。
 勘違いしているとは言え、聞かれたのはまずかったか。

 秘密にしておかなければならない様々なことを抱える我が社は至る所に監視カメラがある。
 昨日のことは一部始終、撮られていたのだろう。

 つまりはその尻拭いを自分でしろと言うことなのだ。

 普段ヘラヘラしている割にはこういう時はシビアだ。
 勘違いしているからいいと判断した俺とは違う。

 しかし記憶を消せばあいつは職を失うことにもなる。
 ま、そんなの俺の知ったこっちゃないし、そもそもあいつが規約を破って上に来たからいけないわけで。

「彼女には健吾をその気にさせるのが次の仕事だと伝えてある。」

 どういう業務命令だよ。
 社長がそれでいいのかよ。

「受付はどうするんだよ。」

「大丈夫だよ。
 受付ロボットくん買ったから。」

 満面の笑みのクソオヤジに、だったら最初からそうしろよと心の中で悪態をついた。





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