主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-③ 
女は直接話さない。

文献にはほとんど話したことはなく直接脳裏に話しかけてくると書かれてある。

女が話す時は必ずと言っていいほど災厄を呼び、本人もそれを理解している上で直接話さない。


異国の地からこの国に訪れた女――

“渡り”と呼ばれる妖の一種だ。


この国の物の怪は総じて“妖怪”や“妖”と呼ばれ、異国から渡ってきた物の怪は総じて“渡り”と呼ばれる。

想像もつかないほど広い大陸より飛来せしこの“渡り”は大抵騒動を持ち込んできた。

そしてこの“渡り”の女もかつて――大騒動を持ち込んできた。


「お前がこの牢に自ら入り、自ら代々の当主に結界を張って封印されることを望んでいるのは何故だ」


『……知らない…の…?』


「あまり明確には書かれていない。お前は“時を待っている”…そう書かれてあるだけだ」


『……そう…。待って…いるの…』


――はっきりとは語らず、さめざめと泣いて濡れた青い目で主さまをじっと見つめた。


『……笑って…見せて…』


「…は?俺がか」


『あなた…少し……あの方に…似てるから…』


主さまが顔をしかめた。

その表情に女は俯いてまた顔を覆った。


『やめて…。あの方に似てる顔で…怖い顔…しないで…』


「…お前の名は文献に書かれてある。当時の当主が名をつけたそうだな。……“花(はな)”」


明らかに女は日本の者ではなく、また日本の名ではなかったが、名乗らない“渡り”の女に当主は花と名付けて関わったとされる。


「もう何百年もの間話すことはなかったのに、どうしてだ?」


『……あの方が…近くに居た気が…して…』


自身の身体を抱きしめた花は、金の髪をさらりと揺らして顔を上げた。


『近いの…。いつか…近いうちに…会える…』


「…」


この“渡り”の女に関しては情報が少なすぎる。

また主さまも深く調べたことがないため、雪男の肩を押して階段の方へ向かう。


「お前は自らここに入ったそうだが出て行く気はないのか」


『…ない…わ…』


何故なのか。

その意図は?



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