夢うつつ
side 樹杏2


 久し振りに静かに妹と一緒に歩く。化粧したせいか、いつもと雰囲気が違う。否、化粧して少しでも雰囲気を変えないと妹はあの男に連れて行かれてしまう。
「あ、あれ可愛い」
 妹にも頼んで一緒に歩いているときは「兄さん」と言わせていないし、わざと腕を組んで歩く。それが周囲からどう見えようが、妹を守るためなら汚名くらい喜んできてやる。
「咲枝様、ちょっと驚いてたね」
「化粧して、ウィッグ被ってたからだろ。外したら喜んでたじゃないか」
「うん。……そこまでしないとあたし、危険なんだよね」
「……あぁ。お前をなぐさみものにしたくない」
 その言葉に妹がうつむいていた。
「気にするな。咲枝様も大丈夫だとおっしゃってただろ?」
「うん。でも普通に一緒に歩きたいなって思っちゃう。ホントはあれ、させるのも嫌なんでしょ?」
「当たり前だ。危険が伴いすぎる。っていうか、どうしてあんな痣がつく?」
「ダンボールとかぶつけちゃうの」
 嘘だと思う。それでも少しの間でいい、妹にやりたい事をやらせてやりたかったのだ。
「楽しいか?」
「うん。凄く楽しい。学校に行ってる時よりも、ずっと楽しい」
「だったら、いい」
 周囲から聞こえたらこれがどんな会話に聞こえるか。それは冬太に注意されている。それでも、この会話を止める事ができない。
 マンションに入っていくとき、後をつけていた人物と目が合った。
「誰だ?あの男」
「え?」
 妹も思わず後ろを見た。だがその時にはいなくなっていた。
「気にするな。お前の顔を写せるようには歩いていない」
 その言葉にぎゅっと妹がしがみついてきた。冬太の額に青筋が浮かぶのだけは確定だ。
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